
――この『かなたの子』は「文學界」と「オール讀物」で交互に掲載された8本の短篇がおさめられていますが、不思議なお話ですね。
連載中によく、いったいなにをやりたいんですかって訊かれたんです。確かに1篇ずつだとわかりにくいかもしれませんが、こうしてまとまったかたちで読むと、私がなにを書きたかったのかわかっていただけるのではないかと思います。
――どの作品も、いつもの日常に裂けめが生じて、そこから異界が垣間見えるというちょっと怖い話ですね。どのような意図でこうした作品を書こうと思われたのですか。
最初は夏目漱石の『夢十夜』や内田百けんの作品のようなものを書きたいと漠然と思っていたんです。また2つの雑誌で書くということで、それぞれの雑誌に書いたものが呼応するようなものにしたいと思っていました。それがだんだん日本の原風景、とくに闇を描くことに収斂されていったんです。
――たしかにどの作品も純和風なお話ですね。
10年ほど前から、取材で日本各地を訪れることが多くなりました。それまでは旅行というと海外ばかりでしたからとても新鮮で、また取材だとなかなか1人では行けないようなところにも行けて貴重な体験でした。日本の面白さに目覚めたんです。
日本を旅していると、過去と現在が地続きであることがよくわかります。そういう感覚は外国を旅しているときはあまりないんです。メンタリティが違うからかもしれません。
そうやって訪れた天草や月山で見聞きしたことが、これらの小説を書くきっかけになりました。こうした土地には都会ではなかなか見えにくくなった日本の闇がまだ残っています。もちろん街並みはきれいで新しくなっているんですけど、ときどきそこから古いものがにゅっと顔を覗かせることがある。日本が貧しかったけれど優しかった、そんな頃の記憶をうまく引き継いでいるように思います。それはよくわからないけれども、日本人が生まれた時からもっている記憶の集積のようなものではないかと思っています。
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