6月に文春文庫から刊行された『切り絵図屋清七 ふたり静』は、5年程前からいつか書きたいと思ってあたためていた作品です。私はいつも史料を読みながら、新しいストーリーを考えることが多いのですが、時代小説を書く時に、主人公が今歩いているのがどういう町並みで、どんな店があってどういう風に日差しが射しているのかを頭におきたい。そうでないと、奥の深い小説は書けないと思うのです。
どこに番屋があったとか、どんな代替地があったとか、切り絵図は見れば見るほど面白くて、これを主体に物語が書けるのではないかと思いました。ただ読みこむのも大変だし、すぐに手をつけられるものではないと、しばらく寝かせてありました。たとえば同心ものを書くとしても、最初に事件を起こしてしまえばすぐに話は始まるのだけれど、私は人と一緒のことはやりたくない。どうにかして差別化して、自分の小説を読者に手にとってほしい。まだ人が入っていない分野に入っていきたいんですね。
江戸時代の出版界は、今みたいに出版社、印刷所、書店が必ずしも分業ではないんです。今でいう編集者が、作者に書かせて刷りもやる。絵図屋も描いて出版も販売もやる。絵双紙屋も、絵双紙だけでなくて小冊子や古本も売る何でも屋です。ちょっとTSUTAYAみたいですね。
清七たちが営む切り絵図屋の場所をどこにするかも悩みました。絵図屋は麹町や神田にも存在していたのですが、事件を追う時に身動きが取りにくいので、足回りの利く日本橋にしました。