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寝ても覚めても「まんまこと」のことばかり考えている

寝ても覚めても「まんまこと」のことばかり考えている

吉田 紀子 (脚本家)

『ときぐすり』 (畠中恵 著)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #随筆・エッセイ

『ときぐすり』では、そんな麻之助が、お寿ずの死の悲しみから、少しずつ立ち直っていく様子が、様々な事件を通し描かれていきます。お寿ずが亡くなって一年経つというのに、麻之助は、いまだにお寿ずの幻影から逃れられずにいます。事あるごとにお寿ずに話しかけてしまうのです。そして、お寿ずの親戚で、近頃めっきりお寿ずに似て来たおこ乃ちゃんと、お寿ずを見間違えたりして。まったくもって、繊細な少年のような麻之助。第一章「朝を覚えず」は、その麻之助が、怪しい眠り薬を処方している医師の悪事を解明すべく、自らその薬を飲み臨床実験してしまう話です。なぜそんなことをしたのか。麻之助の深層心理を考えると泣けてきます。そして、珍しく麻之助は医師に対して声を荒げます。「人が人を、大事だって思う気持ちにつけ込んで、下司なことをするんじゃねえよ!」どれほど高かろうが、どれほど怪しかろうが他に打つ手がなければ、その薬だけが蜘蛛の糸、大切な人を守ってくれるだろう、奇跡の元となる。「私は、お寿ずに呑ませたと思うよ。ひょっとしたら、危ない薬かも知れないと思ってもだ。それ以外に、何一つ、やれないとしたら」と。麻之助のお寿ずへの思いが溢れる一節です。「たからづくし」は、女好きのモテ男清十郎が、初めて本気で女に惚れる話。清十郎の残した妙な書き付けと、吉祥紋との符合から、麻之助が謎を解きほぐします。そんな時も、麻之助はお寿ずに話しかけてしまうのです。「ああお寿ず、妙な日だ」と。「きんこんかん」は、堅物の同心見習い吉五郎が、なぜか女にもてる話。ま、その裏には笑ってしまうような事情が隠されているのですが。このあたりから、お寿ずの親戚のおこ乃が、麻之助のことを憎からず思っている様子がちらちらと出て来ます。「すこたん」は、小西屋と増田屋という瀬戸物問屋と茶問屋が、近所同士になった途端、どうでもいいようなことで競い合い揉める話。それに麻之助が巻き込まれ、裁定をすることになるのですが……。この頃から、麻之助は、お寿ずの名を口にしなくなります。「ともすぎ」は、高利貸し丸三が吉五郎の様子がおかしいと心配し、首をつっこんだ所に端を発し、なんと自分の手代が悪事を働いていることが発覚、ついには丸三が行方知れずとなり倉に閉じ込められ、その窮地を麻之助たちが救うという話。ここではもう、お寿ずの影は、出て来ません。

 そうして最終章「ときぐすり」では、ひょんなことから麻之助が助けた、捨て子の滝助という十四歳の少年が発した「時薬」という言葉の意味の取り違えが、事件に、そして麻之助の心に希望の光を灯してくれることになるのです。作者畠中さんの主人公への優しさがあふれる結末……とだけここでは書いておきましょう。

 さて、麻之助は、この後どうなるのでしょう。周囲の皆に励まされ、時に助けられながら、立ち直ることができるのでしょうか。そして、この『ときぐすり』では、ほとんど登場しなかったお由有。お由有との関係はどうなっていくのでしょう。

 まだ放送もされていないうちに、こんなことを書くのもなんですが……。ドラマもまた、小説のように麻之助の人生を末永く描き続けることができれば幸いです。ま、私がクビにならなければの話ですが。

文春文庫
ときぐすり
畠中恵

定価:715円(税込)発売日:2015年07月10日

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