インタビューほか

池上冬樹×瀧井朝世×村上貴史
「教養主義からエンタメの時代へ(後編)」

文春文庫の2000年代・2010年代

タブーがなくなった現代

 

池上 貴志祐介さんの『悪の教典』(*31)は現代の「欲望の解放」を表す象徴的な作品です。書いてはならなかったタブーがなくなった。昔は悪党が退治されて終わったけれど、現代のノワールでは、悪党が悪党のままで生き残ってしまう。主人公はすごい悪党なのに、「ハスミン」なんて呼ばれる人気者だし。

村上 読者もぐいぐい引き込まれてこの世界を楽しんでしまっているから、逆に非難する気も起きない。

池上 村山由佳さんの『ダブル・ファンタジー』(*32)にも似た感想を持ちました。人を殺したいとか、犯したいとか、そういう欲望を解放して、カタルシスを生む手法は、純文学の世界ではあったけれど、エンタメで、しかも人気女性作家がこれだけ性を描いたというのは凄いことですよね。

瀧井 私も衝撃を受けました。直木賞受賞作の『星々の舟』(*33)も力作でしたが、こちらの方は女性だけでなく男性が結構読んでいるのでしょうか。

村上 一気読みで、なおかついろいろ勉強になりました(笑)。

瀧井 米澤穂信さんの『インシテミル』(*34)は館ものとか、お約束を知っているミステリー好きなら「あるある」ネタがいっぱいつまった、遊び心のある作品です。米澤さんの「日常の謎」系のミステリーを期待した読者はびっくりしたかもしれないけど。私は夜中に読んでいてすごく怖かったけど、楽しめました。

村上 現代を描くとか、社会性からは対極にある、人工的な世界の中で作られた超絶技巧のミステリーですね。東川篤哉さんの『もう誘拐なんてしない』(*35)はテンポのいい誘拐ものです。

瀧井 東川さんの小説を読んで暗い気持ちになることはありえないですよね(笑)。赤川次郎さんの『名探偵はひとりぼっち』がお好きで、それを意識して書かれた作品だそうです。

村上 組長の娘、という設定も赤川さんを思わせますよね。

瀧井 赤川さんは80年代のベストセラーリストに名を連ねていますが、ユーモアミステリーが売れるサイクルがあるんでしょうか。東川さんにはこれからのユーモアミステリーをひっぱっていってほしいです。私は文春文庫というと、キングやクックのイメージが強いのですが、海外ミステリーが入っていないのがちょっとさびしかったです。

村上 ディーヴァーあたりが入ってくるかと期待したんですが。それだけ国内作品が豊かなんでしょうね。文春文庫は外れがないという安心感があるけれど、逆に言えば「危険がない」のかなと思っていたけど、意外に尖ったベストセラーもあって認識を改めました。

池上 文春文庫には昔のいいものもいっぱいあるからぜひ復刊してください。いくらでも協力しますよ。

*31 人気英語教師・蓮実は共感性欠如の殺人鬼だった。戦慄のサイコホラー傑作。山田風太郎賞受賞作。伊藤英明主演で映画化。

*32 束縛から放たれた女性がめぐり合う生と性の行方。中央公論文芸賞、柴田錬三郎賞、島清恋愛文学賞受賞作。

*33 家族は「家」という舟に乗って無限の海を渡る。心震える感動の第129回直木賞受賞作。

*34 破格の時給の仕事に応募した十二人の男女。その内容は参加者同士が殺しあうゲームだった。藤原竜也主演で映画化。

*35 たこ焼き屋でバイトをしていた翔太郎は、偶然セーラー服の美少女をヤクザから助け出す。大野智主演でドラマ化