
- 2015.03.17
- 書評
「紅雲町珈琲屋こよみ」だけではない
吉永南央の新たな魅力がここにある!
文:大矢 博子 (書評家)
『キッズタクシー』 (吉永南央 著)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
そのような手法を得意とする吉永南央が、今度は最初から長編という形式にトライした。これは注目に値する。
舞台は北関東の地方都市だ。主人公の木島千春は大学時代に恋人の子を妊娠。結婚はせず、大学を辞めてひとりで生み育てる決意をする。それから十年以上、なんとかやってきたものの生活は楽ではない。そんなとき、酔っぱらいに絡まれ、ほんの僅かな持ち金を奪われかけた千春は、相手を殺してしまう。
正当防衛が認められ、彼女には同情が集まった。それから十五年。千春はタクシーの運転手として勤務し、息子の修も地元の酒屋に就職した。生活も安定し、何かと良くしてくれる紀伊間という昔なじみのご近所さんもいて、どうやら修には恋人もいるようで、ささやかながら穏やかな日々を送っている。
ところがある日、彼女が送迎を担当している小学生の壮太が、決められた待ち合わせ場所にいないという事件が起きた。町内では大掛かりな捜索が行なわれるが、壮太は見つからない。ネットには千春が壮太を殺したのではという悪意ある書き込みがなされ、しかも十五年前の事件も掘り返されて――。
今回も、これまでの吉永南央なら連作短編にしたのではと思うほど複数の筋が――大きく分けてみっつの筋が仕込まれている。ひとつずつ見てみよう。
まずはキッズタクシーという仕事上の出来事だ。
もともと車社会でタクシー利用者が少ない地方都市で、千春の勤務するAYタクシーは、子どもをひとりから数人あるいは保護者同伴で乗せる会員制キッズタクシーをメインに営業している。他に、資格をとって要介護者や車いすのお客さんにも対応する。病院の予約をとったり買い物代行なども仕事のうちだ。
この専門タクシーの業務の描写がまずとても興味深い。私の家族にも要介護者がおり、この手のサービスを行なっている地元のタクシー会社と契約しているのでおおよそは知っているつもりでいたが、キッズ会員というのは盲点だった。体の弱い子の送迎であったり、塾通いに友達数人と一緒に使って親の手間を減らしたりという使い方に思わず膝を打った。膝にタブレット端末を載せた子がいたり、カマキリを連れ込む子がいたりと、キッズの顔ぶれもいろいろ。しかも、送り終わった時点で会社経由で保護者に連絡メールが行くといった業務のディテールも新鮮だ。
同僚運転手の話なども入り、タクシー会社はこうやって運営されているのかと、これだけでちょっとしたお仕事小説のシリーズが書けそうである。
ふたつめの筋は、過去の罪との対峙だ。蒸し返されてしまった十五年前の殺人事件。千春を守ろうとする人、離れていく人、悪意ある行動をとる人。そのひとつひとつに胸を打たれたり考えさせられたりするが、いちばんの注目点は千春だ。千春は自分を守ろうとはしない。迷惑をかけた人に申し訳ないと思い、そして修を守るために紀伊間にある頼み事をする。
そんな中で、物語も後半になって初めて、修が母の事件のときに何を感じ、何を考えていたかがわかる場面がある。野次馬に囲まれ、警察に話を聞かれる千春。その姿を一部始終見ていた幼い修に紀伊間がある一言をかけた、というくだりだ。序盤に、同じ場面を千春の視点から書かれた箇所がある。あの背後にこんな会話があったのかと胸が熱くなった。そこで読者はあらためて、千春・修親子の絆を知るのだ。それまでどちらかと言えばクールで友達のようにも見えたこの親子が実は、千春が人を殺してしまったあの夜から、ずっと手をつないでいたのだと、読者は知るのである。いい場面だ。実にいい場面だ。