――紅雲町で小蔵屋というお店を営むおばあさんが、街で起きた小さな事件を解決する「紅雲町珈琲屋こよみ」が、累計30万部の人気シリーズになりました。ご自身では、なぜ、これだけ幅広い層に支持されたとお考えですか?
吉永 読者のみなさんが、主人公のお草(そう)を愛してくださったことにつきると思います。私にも理由はよくわからないのですが、みなさんの感想を伺ってみると、若い人には、草さんに相談したいと言ってくれる人が多いですね(笑)。年配の男性には、母親の姿が重なるという人が多いようです。また、私と同じくらいの世代の人で、これまで世話をしてもらった親を、今度は世話をするというように、立場が逆転する。そういう問題や意識に、切実なものを感じるという方もいらっしゃるようで、物語のなかで出てくる問題が、みなさんにとって身近だからなのかもしれませんね。私自身は、自分で草を作り出しているというより、小説の舞台に連れてくる係のような気持ちで、いまは執筆しています。
――最新作『名もなき花の』の内容を教えてください。
吉永 親友の親戚である元教師で民俗学の研究家・勅使河原(てしがわら)先生による「円空仏」の発見と紛失という大きい事件を通して、人びとの止まっていた時間が動き出すという話が、物語の大きな軸です。人は身近になればなるほど、お互いの気持ちのズレに気づかないことが案外多くて、親子とか師弟とか恋人のような近すぎる関係では、ある痛みを共有する体験をすると、その痛みに触れないように生活するようになる。でも、どこかで痛みを乗り越えていかないと先に進めない。今回は、先に進めない人たちの出しているシグナルに、たまたまお草さんが気づく。そういう顔を毎日見る間柄ゆえのむずかしさや怖さが、今回の物語を通して描きたいテーマでした。
――これはシリーズに共通することですが、円空仏や、観音様、お地蔵さんに、草が手を合わせる。その生活の中に身近な信仰が自然と溶け込んでいる世界観が、とても印象的ですね。身近な信仰や、昔ながらの信仰を通した人との繋がりというのは、現代では失われつつあるもののように思うのですが、そこが読者の方には新鮮に感じられるのでしょうか?
吉永 私自身は、神仏そのものより、人々の祈りがどこから信仰になるのかといった点のほうが興味があるのですが、他人の目を意識するということではなく、見守られたり、たまに叱ってくれたり、といった存在があると生活することへの気持ちが違ってくる気がします。そういった存在を通して自分と向き合う時間が持てる。草にとってはそれが毎日朝に手を合わせるお地蔵さんや、観音さまなのでしょうね。ただ、都会に住んでいる方が思っている以上に、昔からのものを大切にしようとする動きが以前より地方に出て来たように感じます。たとえば、なくなったお祭りを再開して、子どもたちに伝えるとか。そんな繋がりを通じて、自分が社会で何ができるか考えて行動する若い人が増えているようです。『名もなき花の』のなかでも、地元の野菜をリアカーで売ったり、芸者を今に復活させようとする若い女の子など、新しい試みをする若い人を草が手助けするというシーンを出したのも、自分の実感や願望からです。草が生きてきた時間で、自分で育てて実ったものがあって、それを少しずつ誰かに渡す。その一方で、草も、新しい出来事に遭遇して毎回悩む。いま目の前で苦しんでいる他人は、かつての、あるいは明日の自分かもしれないと考える草にとっては、若い人たちを助けるのも、たまたま今回はそういう立場だから。だって、次は自分が助けてもらう番かもしれない。それは、「お互いさま」という気持ちからなんです。
――3作目を書かれて、ご自身のなかで変わってきたものはありましたか?
吉永 デビュー作だった『萩を揺らす雨』のときは、とにかく、1冊を書き切ることに夢中でしたが、2作目の『その日まで』からは、お草に寄り添って、彼女の生活をクローズアップしました。それは、「普通の生活のありがたみと大変さ」を描きたかったからなんです。というのもお草は探偵ではないので、お店も開けて生活するという当たり前の毎日を過ごしていますから。だから、その合間に、他人の事を思って、何か行動に移すというのは、とてもリスクがあって勇気のいることでしょうね。そして、2作目の『その日まで』では偶数月、今回の『名もなき花の』で奇数月を書くことで、1年を通して生活を描くという目的がありました。舞台となる北関東は、特に日本の四季が色濃く出るところなので、その移り変わりと生活を、草と一緒に感じていただければと思ってます。
名もなき花の
発売日:2014年09月12日
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