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それとない『ご縁』の有難さ

それとない『ご縁』の有難さ

「本の話」編集部

『多生の縁――玄侑宗久対談集』 (玄侑宗久 著)

出典 : #本の話
ジャンル : #随筆・エッセイ

――京極夏彦さんとの対談で、その辺りを詳しくお話しされていますね。

玄侑 先日の直木賞の受賞は本当に私も嬉しかったんですが、京極さんは「日本が好きです」と明言し、あんな風に日本を掘り下げてくれる、まさに仕事人ですよね。おどろおどろしいところもあるかもしれないけれど、目指しているものは同じ志向を感じます。結局、合理だけではとらえられない人間の深み、というものを京極さんは妖怪というもので表し、私は末期のビジョンで表したわけです。

 どうしても説明のつかない不思議な出来事というのは、宇宙においても人体においてもたくさん起こります。そうした現象は、「心の問題」として起きる実感を、僧侶としても小説家としてもずっと持っていました。ただし、それは心だけではなく、身体も伴ったものなんです。今回の対談集では、日本医師会会長の坪井栄孝さんが、お医者様の立場から「理論だけでは、人間は解決出来ない。いくら遺伝子の研究が進んでも、まだまだ何百万分の一ぐらいしか人間のことなんて分からないでしょう」という認識を示してくれました。それは、とても有難いことだし、広く支持されていい考え方だと思います。お医者さんが統計をとった平均値で判断して、ある患者さんが余命数カ月、という状態であったとしても、その平均値というのは患者さんにとっては自分の数値ではないわけで、「自分においてだけは奇跡が起こるかもしれない」とみんなが思っているわけですからね。

――「生」あるいは「死」ということについては、ほとんどの対談でかなり深いところまで掘り下げていますね。

玄侑 私自身が「死」というものを小説のテーマにしていることもあるのでしょうが、最近は「死」というものが、まともに話されるようになってきた気がしています。そうした話題がこれまでは、忌み嫌われてきたというより、不必要とされていたんでしょう。死後については「無」という考え方が一般的でしたからね。しかし、その「無」というのは違うのではないか、そうした考え方が医学側からも、宗教側からも起こっている感じがするんです。

 ある人が「時代の先を行き過ぎているものは芥川賞にならない。まもなく時代が追いついてくる、そういうものが結果的には芥川賞をもらっている」とおっしゃったことがあるんですが、近頃、私の『中陰の花』もそうだったのかもしれないという気がしてきました。目に見えない世界、合理で説明がつかない世界のことが、知的な会話の中でも割と普通にされるようになってきたんじゃないか、そう私は思っているのですが……。

――ただ、若者同士で以前なら頻繁に語られていた、たとえば「愛」や「正義」といったテーマ。そういったものが真摯に語り合われる機会が、現代には失われていないでしょうか。

玄侑 確かに『三太郎の日記』といったものを読み、人間いかに生きるべきか、といったことを徹夜で語り明かすような雰囲気は、昔はありましたが、最近はそうではないのかもしれません。けれど、そうした青春の悩みというものは、インターネットの掲示板なんかが流行っていて、代わりになっているところがあるように思います。私のホームページにもたくさんのメールが寄せられてきますしね。

 徹夜でどうこうする、といったことは今はもうスマートではないんでしょう。熱くなるタイプは逆に生き辛かったりする。濃密な関わりが現実の中ではできないのは、まあ、時代といえば時代と言うしかないのかもしれません。

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多生の縁――玄侑宗久対談集
玄侑宗久・著

定価:本体524円+税 発売日:2007年01月10日

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