──火坂さんには『全宗(ぜんそう)』や『沢彦(たくげん)』をはじめ、戦国時代に活躍した僧侶を主人公とした作品がいくつかありますが、大変珍しい主人公たちですよね。
火坂 戦国時代は日本史の華、といわれるぐらいダイナミックに時代が大きく動き、人物が多彩で、事件も数限りなく起こり、非常に面白い時代なんです。であるが故に、過去多くの歴史小説が書かれ、信長なんか数え切れないほど本があって、ほぼ書き尽くされた、ペンペン草も生えないといわれていて、私の場合、隙間を狙う他なかったんです。
始めは『全宗』を書いたのですが、いままでだれも彼のことを書いていないんです。彼は比叡山の焼き討ちの後、生き延びて医者となり秀吉に近づき、ブレーンとなり、陰の参謀として政治的な地位を高めていくんですね。この時代こういう面白い男がいたんだ、と。
──それが坊さんに興味を持ち始められたきっかけに?
火坂 普通軍師というと、竹中半兵衛や黒田官兵衛といった武将タイプが想像されますが、調べてみると意外と禅僧が参謀役をやってるんですよ。
──当時、禅僧というと最高の知識人ですよね。
火坂 そう、彼らは仏教を教えてただけでなく、武将の子弟を預かり、教育するのです。その内容はもちろん仏教もですが、儒教や歴史に止まらず、九九といった算数、漢籍、文章、孫子の兵法といった軍略なども教えてたんですね。で、その子弟が成長し、その家の当主になると、相談役をも兼ねた存在となり、影響力の強い師となるケースが多いのですよ。
──まるで住み込みの家庭教師のようですね。
火坂 すごい禅僧になると、嫡男でもないのに、これはという若者に目をつけ、英才教育を施し、画策して当主にすえてしまう、なんていうすさまじい坊主までいます。