インタビューほか

「不埒(ふらち)な女」になりきる挑戦

「本の話」編集部

『タイニーストーリーズ』 (山田詠美 著)

──「クリトリスにバターを」は非常にショッキングなタイトルの、異色の一篇ですね。

山田  ある朝、男の子がいるベッドに私がトレーに載せた飲み物とフランスパンにカルピスバターを添えて運んでいって、「今日は一日ベッドの中でだらけよう」と思った時に、彼が「そういえば、村上龍の『限りなく透明に近いブルー』の最初のタイトルは『クリトリスにバターを』だったんだよね」と言ったの。「エッ」と思って、すぐに『限りなく透明に近いブルー』を読み返した。そしたら、初めて読んだ高校生の時はとても付いていけなかったのが、今読むとすごくきれいな、清潔な小説で。私がこのタイトルを引き継いで書いたらどうだろう? と思って、村上龍さんにタイトル使用の許可をいただいて書いたんです。私なりの龍さんへのオマージュ。ご本人に会った時にそう伝えたらすごく照れていたみたいだったけど。

──―この本のあとがきには、「いつだって、自分にはまだ書けないものを、書こうとしていたい」とあります。そういう気迫が込められた短篇集だと思います。

山田  私は今でも、たとえ二十枚の小説でも、書く前は緊張して、臆しちゃって、「大丈夫、大丈夫」と自分に言い聞かせながらようやく書き始めるんです。自分にこれが出来るのか? この文体でこんなことを書けるのか? この本に入っている一篇一篇はそういう自分に課したトライアルの繰り返しです。だから私、以前ある作家が、「書くことがありすぎて困っちゃう」と言うのを聞いて信じられなかった。小説を書くって、登山家が山に登るようなもので、登れると分かっているちっちゃい山に登ってもしょうがないでしょう。登れない山に登ろうとするのが作家だと思っているから。ライターズ・ブロックに辿り着いたことのない作家は信用ならないな。

──自分を追い込まなくても、二十五年の蓄積と身についた技術で書けてしまう、ということではないんですね。

山田  だって、遊びって、真剣に遊ばないとつまらないじゃない? たぶん私は、これからもそうやって自分を追い込むようにして、小説書きである自分を楽しませて行くんだと思う。書いている間は誰とも会わない、口もきかないストイックな生活だけど気に入ってるの。今後もこのやり方を続けていくと思います。

──その静かな集中力が、短篇中の一語一語に込められている気がします。

山田  言葉ってこんなにいろんな可能性があるんだ、日本語ってこんな使いようがあるんだ、と読んだ人に思ってもらえたら、本懐ですね。真剣なこと、馬鹿みたいなこと、笑えること、悲しいこと、全部言葉で成り立たせたい。その思いをアトランダムに味わってもらえればと願っています。

タイニーストーリーズ
山田 詠美・著

定価:1400円(税込) 発売日:2010年10月29日

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