- 2011.01.20
- 書評
ア・マン・フォー・フォーシーズンズ
──ホテル文化は外見ではない
文:松坂 健 (西武文理大学サービス経営学部教授)
『フォーシーズンズ――世界最高級ホテルチェーンをこうしてつくった』 (イザドア・シャープ 著/三角和代 訳)
ジャンル :
#政治・経済・ビジネス
なぜ、そのようなホテルを作ることができたかを、創業者の自伝の形で平明に語ってくれたのが、この本だ。この手の本としては、もう十年も前に出たH・シュルツの『スターバックス成功物語』とクロネコヤマトの創業者による『小倉昌男経営学』(ともに日経BP社)と並ぶものだと思う。よくできた経営書は、下手な文学よりもはるかに多面的に人間の見方を教えてくれる。
創業者、イザドア・シャープのホテル哲学は明快だ。それは、「どんなに優秀なホテルでも、一日を踏みにじられた人には感じよく受け取られない」(本書一五一頁)というさりげない一文に込められている。これなんだよね。接客ビジネスの本質は。
一日を台無しにされないことの幸せ。これって、結構、大変なことだ。冒頭のエピソードでいえば、カメラマンも僕も、その一日が最悪ではないにしても、人生でもっとも暗い日になりかねなかったのを救ってくれたのは、イザドアが作り上げた(客であれスタッフであれ、ならず者の含有率が低いという)ホテル文化ではなかったかと思うのだ。
ホテルづくりの秘密は本書の第十章から十二章に詳しいから、そちらをお読みいただければいいのだが、要するに、ホテルに必要なのはクォリティを「コントロール」するのではなく、飽きることないしつこい態度で「ベストを希求する」企業文化だということが分かるはずだ。
コントロールは、人間を利益を出すためのツールに使う思想だとさえ、イザドアは言う。だから、「文化は方針として上から指示できるものではないのです。長い歳月が流れるあいだに会社で働く人々の行動を基本として、内側から生じるもの」(一五頁、「はじめに」より)だという。まったく同感だ。
僕流の言葉でまとめさせてもらうと、フォーシーズンズホテルは、ルールの共有ではなく、マナーを共有する集団づくりに成功した、となるのではないかと思う。
この短い文章のタイトルは、ロバート・ボルトという人が書いた戯曲“ア・マン・フォー・オール・シーズンズ”をもじっている。このドラマは十六世紀の英国で、教義に背いて離婚を強行しようとする当時の国王ヘンリー八世に抵抗し、最後は処刑された思想家トマス・モアを描いたものだ(フレッド・ジンネマン監督の『わが命つきるとも』として映画化)。季節がどんなに変わろうとも、自らの信念を貫いた男というのが、このタイトルの意味。
だとすると、揺るぎなく顧客密着の姿勢でいるイザドアにも“四季の男”の称号を与えてもいいのじゃないか。
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