今の世の中に、こんなに危険に満ちた旅があるだろうか。
本書に書かれている脱出劇は、二〇〇三年七月に始まった。食糧難などで中国に密かに越境した北朝鮮の人たちは、距離にすると三千キロ以上、ほぼ日本列島を縦断する長い距離を列車でひたすら南に向かっていく。途中で二回ベトナムとカンボジアの国境を越えなければいけないが、最大の難関は、中国国内を無事に通過することだ。
脱北者は旅券を持っていない。中国は脱北者を「難民ではなく不法越境者」としており、発見すれば、容赦なく北朝鮮に強制送還する。その後母国では、厳しい処罰が待っている。
この人たちをいかに安全に移動させるか。本書の前半の読みどころは、まさにそこだ。
ダフ屋と交渉して何とか安い切符を手配し、車内での会話に注意する。日本人風の服を着せ、途中でわざと観光を楽しみ、なんとかカンボジアの首都プノンペンまで連れ出す。
次々に現れる危険な状況をかいくぐることができたのは、野口さんがバックパッカーとして四十カ国以上を旅行した経験が生きているのだろう。
旅行の途中で、家族とともに北朝鮮に渡った在日朝鮮人の淑子が、北朝鮮での生活について話をする場面がある。
もちろん政治的に抑圧され、表現の自由もないが、最も窮屈に感じたのは実は、「選択の自由」がないことだったという。
北朝鮮には喫茶店もないし、放課後友だちと寄り道できるようなところもないでしょう。学校が終われば、農村支援といって、農作業とか用水路の掃除などに駆り出されるのね。だから、北朝鮮での学生生活なんてちっとも楽しくなかったの。(本文126ページ)
北朝鮮が、市民をどう待遇しているかを、端的に言い現している。