書評

マスメディアは消滅するのか?

文: 佐々木 俊尚 (ITジャーナリスト)

『2011年 新聞・テレビ消滅』 (佐々木俊尚 著)

   しばらく前に、ある衛星放送の番組に出演したことがある。インターネットの進化によって、メディア環境がどう変わっているのかを話してくれと依頼されたのだ。

   司会者に促(うなが)されて、いま起きているメディアのフラット化についてさまざまに語った。フラット化というのは、これまでマスメディアによって独占支配されていた情報発信を個人でも行えるようになり、ネット上では新聞やテレビの情報も個人の書くブログも並列に見られてしまうというパラダイムシフトだ。

   そうしてひととおり話し終えると、それまで黙って横で聞いていたコメンテーターが口を開いた。大手新聞社を編集委員で定年退職した後、大学教授に転じた人物である。彼は私に向かってこう言った。
「わたしはITとかインターネットとか、そういうことは全然わからないけどね……。でもそうやってネットが普及していくと、あんたみたいな人がお金を儲けるってことなわけだね」

   私は答えた。「私は別にそれで儲かってませんが、でもネット企業がメディアを呑み込んで収益化していくというのは、確かにそうでしょうね」

   すると元編集委員は、こう吐き捨てたのだった。 「そうやって金儲けを考えてるからダメなんだ! ジャーナリズムはカネ儲けじゃないんだ!」

   私は「でも新聞社も営利企業だし、記者だって仕事をして給料をもらっているわけでしょう? それと同じじゃないんですか」と反論したのだが、元編集委員からの返事はなかった。

   このやりとりは、日本のマスメディアの記者マインドをみごとに体現している。金儲けはつねに悪で、庶民の味方である新聞記者は金儲けに走る悪人たちを成敗する正義の味方。だからライブドアの堀江貴文氏のような人物が出てくると、「マネーゲームに狂奔するヒルズ族」のようなキャッチフレーズをつけてひたすら批判の刃を(やいば)向ける。自分たちのビジネスが営利企業であるというような意識はない。

   社内の空気もそうだ。「読者の目線」と言いながら、記者たちがイメージしている「読者」というのは、純朴でバカ正直で新聞社の言うことを真に受けてくれる「仮想」の人物でしかなく、新聞社に批判の目を向けるようなリアルな読者にはいっさい興味がない。だから読者に対するマーケティングなど発想のかけらもない。

 

2011年 新聞・テレビ消滅
佐々木 俊尚・著

定価:788円(税込) 発売日:2009年07月21日

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