特集

貌(かお)のある棚

文: 沢木 耕太郎 (ノンフィクション作家)

『酒杯を乾して 沢木耕太郎ノンフィクションIX』 (沢木耕太郎 著)

 ところが、久しぶりに遠藤書店の棚に向かい合ったとき、図書館や新刊の書店の棚と向かい合ったときとはまったく異なるときめきを覚えたのだ。そして、思った。ここには「貌(かお)」がある、と。

 最近は、新刊の書店にも意欲的な棚の並べ方をするところが増えてきているが、基本的には流れていく本を置いていることに変わりはない。棚の構成も新しい本が出るたびに変化させていかざるをえない。だが、街の古書店には十年ものあいだ同じ棚の同じ場所に置かれているような本がある。それはどことなく哀れさを誘う光景だが、同時にそうした本が棚の貌、その店の貌を形作っているのだ。

 そのような馴染みの「貌」の中に、不意に目新しい本を見いだしたとき、たとえそれが刊行されてからあまり年月が経っていないものであっても、新刊の書店にあったときとはまったく異なる光を放ってこちらに迫ってきたりする。

 そういえば、家から駅への往復の途中で、日々こうした古書店に立ち寄っていた時期は、決して毎日ではなかったが、何日か、何十日かに一度は心を揺さぶられるような本との出会いがあったものだった。

 古書店とは、本との思いがけない遭遇をさせてくれる場所であるということを私も認識していなかったわけではない。しかし、ここ数年、そうした本との出会いを用意してくれる街の古書店への出入りが極端に少なくなっていた。

 私は遠藤書店の懐かしい棚をゆっくりと見てまわったあとで、三冊の本を買った。

  マリオ・ファンティン編『ヒマラヤ巨峰初登頂記』あかね書房
  ジャン・フランコ『マカルー』白水社
  清水邦夫『清水邦夫全仕事1958~1980』河出書房新社

 前の二冊はどちらかといえば仕事に関わる本だったが、最後の一冊は違っていた。

 そのタイトルと、二冊が黒いひとつのケースに入った姿を見た瞬間、そしてそれを手に取り、ケースから上巻を抜き出して目次に眼を通した瞬間、これを読みたいと強く思ってしまったのだ。

 清水邦夫にこのような本があることは知っていた。新刊の書店でも見かけたことはある。確か、一九八一年以降の作品も同じようなかたちでまとめられていたように思う。しかし、その上巻には「真情あふるる軽薄さ」が収められていたのだ。

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酒杯を乾して 沢木耕太郎ノンフィクションIX
沢木耕太郎・著

定価:本体1,905円+税 発売日:2004年12月15日

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