この年末から正月にかけての一週間、一冊の本を読んで過ごしていた。正確に言えば、上下二冊になっているものがひとつのケースに入った一冊ならざる一冊である。その本とは、清水邦夫の『清水邦夫全仕事1958~1980』で、「署名人」から「あの、愛の一群たち」までの二十三の戯曲が収められている。
正月休みには、なにかをゆっくり読もうと思っていた。しかし、正月休みに入る直前まで、その「なにか」がこれになるとは思ってもいなかった。
暮れ近く、久しぶりに世田谷の経堂へ行く用事があった。駅前での用事が簡単に終わり、時間が少しあったので、すずらん通りにある古書店の遠藤書店に寄った。
その半月ほど前、遠藤書店から喪中につき年末年始の挨拶を遠慮させていただきたい旨の葉書が届き、そこにこうあった。
「本年四月に父正太郎が九十歳にて永眠致しました」
そうか、六代目の三遊亭圓生が眼鏡をかけたような、いかにも謹厳実直そうだったあの御主人が亡くなったのか、と感慨があった。
以前、私は経堂に住んでいて、ほとんど毎日のように遠藤書店に顔を出していたことがあった。顔を出すといっても、やはり常連だった植草甚一のように帳場の横の丸椅子に坐って話し込んでいくというようなことはなく、ただ棚をさっと眺めて出てくるということが多かったが、それでも御主人とは本を買ったおりにひとことふたこと言葉をかわすくらいの親しさはあったように思う。
その日、遠藤書店に入ると、帳場にはなるほど御主人はおらず、かわりに奥さんとも違う若い女性が坐っていた。
私はどう挨拶していいか迷ったまま、遠藤書店の古書の棚に向かい合った。
以前の記憶にある棚とはもちろん並んでいる本が違っていたが、その並び方にどこか懐かしさを呼び起こすものがある。ここに日本の小説、あそこに海外の小説、その奥には文学評論や哲学書、そして振り返れば紀行や山岳関係の本が並んでおり、棚の裏に回ると演劇や映画関係の書物がある……。
そこに佇んで、棚にぼんやり眼をやっているうちに、最近、自分がなんとなく本を読んでいないなという感じを抱いていた理由がわかってきた。
もちろん、仕事に必要な本を探すため、神田の古書店街を歩いたり、各種の図書館に行ったりはする。あるいは、新刊の書店に立ち寄り、本を買うこともある。しかし、そのようにして、週に何冊と本を読んでも、本を読んだという気がしない。それはどうしてだろうと不思議に思えてならなかった。
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