次の日はパピートのお宅で、お昼をご馳走になることに。お宅を訪れると、テーブルの上にはパピートの祖母ドラが作ってくれた豪華な食事が並んでいます。キューバ料理の主食は、コングリという黒豆入りのご飯。パピート家では、黒豆をスープでコトコト煮て、それをカレーのようにご飯にかけて食べます。その他に、大きな茹で海老、バナナを揚げたもの、グリーンサラダなどなど。「この家を第二の我が家と思ってくれていいよ」と微笑むドラ。桐野さんはパピートの飼っている子犬を抱きながら、嬉しそうに笑っています。
「ドラはカストロのことをどう思いますか」と、桐野さん。
「問題はあるが、いいところもあるよ。あたしの寿命とカストロの寿命も同じようなもの。その後のことは、若い人たちが考えることよ」
と、ドラは豪快に笑い飛ばします。
すっかり心もお腹も満たされてホテルへ戻り、偶然同じ時期にキューバに来ていた角田光代さんと合流。ホテルのすぐ近くにある、ビルの屋上のビアホール(のようなもの)でカリブ海に沈む夕陽を眺めながらビールのジョッキを傾けます。お酒の席での桐野さんは、同席者みんなの話をじっくり聞いてくれます。そして、みんなが話しやすいように、話をふってくれるのも桐野さんでした。初対面の角田さんともすぐにうち解けて、一緒にキューバ音楽・ソンを聴きに音楽堂へ行きました。
わずか三日間の同行でしたが、つくづく感じたのは、桐野さんの興味の幅の広さです。洋服の話も、政治の話も、どんな些細なことにでも、好奇心を顕わにして、吸収しようとしているように思えました。
桐野さんは先日ホテルオークラで行われた講演会で、
「『グロテスク』『残虐記』『I'm sorry, mama.』といった作品世界からそろそろ離れて、新しい世界をつくろうと思っています」
とお話しになっています。きっと、今頃、桐野さんの中で、ドラの微笑みや、ソンのリズムが一つになって熟成するときを待っているのでしょう。桐野さんがこれからどのような新世界を切り開くのか、楽しみでなりません。
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