麻耶は本格ミステリの構造や原理を追究し、歪みをデフォルメして破格へ突き抜ける批評的な書き手だが、とりわけ探偵を軸としてユニークな局面を作ることが多い。探偵が誘導された(無限に遡れる)可能性や観測者たる探偵の影響を描く「シベリア急行西へ」『隻眼の少女』は端的な例だ。デビュー作で“銘探偵”を殺し、探偵という肩書の継承(『隻眼の少女』にも見られる)を描いた頃から、麻耶の探偵観は独特のものだった。
たとえば『夏と冬の奏鳴曲(ソナタ)』では真相を読者に明かさず、探偵が解決したというのだから解決したのだと因果を逆転させた。メルカトル鮎には倫理観を持たせず、ワトスン役・美袋三条との殺伐とした関係を築かせた。この不道徳ぶりは神様シリーズや『あぶない叔父さん』(元ネタは『アンクル・アブナー』か)にも窺える。『名探偵 木更津悠也』ではワトスン役の「私」こと香月実朝が推理し、その発展型である貴族探偵シリーズでは貴族探偵が執事の山本に推理を任せる。麻耶にとっての探偵は真相をもたらす者の肩書に過ぎない。相葉雅紀との対談において、貴族探偵を「とりあえず(ヒエラルキー的に)一番上という立ち位置で現れ、現れただけで必ず事件を解決することができるなら『探偵』といえるんじゃないか」(『小説すばる』一七年五月号)と述べたのも、そんな探偵観の表れだろう。
視点を変えていえば、麻耶ミステリには真実を固定する者が特権的に存在する。誤謬の可能性や苦悩を排し、記号的な名を付された鈴木はその極端なサンプルだ。鈴木の言葉で真実の断片(犯人の名など)を確定させ、矛盾しないように曲がった経緯や意外性を導く手続きは、アンフェアな記述をぎりぎりで避け、ミスリードを重ねていく本格ミステリの技法に通底する(「バレンタイン昔語り」が好例)。「この世界は神様である鈴木が創った」以上、その台詞には著者の宣言──「読者への挑戦状」における「犯人は一人」と同じ重みがある。鈴木と聞き手の関係は作家と読者の関係でもあるわけだ。
底意地が悪い鈴木の言動は、アンフェアでなければ読者をどう欺いても構わない──という麻耶のエキセントリックに映る(しかし正当な)本格ミステリ観を体現している。神様シリーズは先鋭的な現代本格ミステリにして、麻耶とその読者をメタ的に捉えた寓話でもある。嘘をつかずに騙す技の冴えを堪能していただきたい。
最後に著作リストを載せておこう。#はメルカトル鮎シリーズ、*は木更津悠也シリーズ、★は神様シリーズ、☆は貴族探偵シリーズを指す。参考になれば幸いである。
#*『翼ある闇 メルカトル鮎最後の事件』講談社(九一)→講談社ノベルス(九三)→講談社文庫(九六)→講談社ノベルス(新装版/一二)
#『夏と冬の奏鳴曲(ソナタ)』講談社ノベルス(九三)→講談社文庫(九八)
#*『痾』講談社ノベルス(九五)→講談社文庫(九九)
『あいにくの雨で』講談社ノベルス(九六)→講談社文庫(九九)→集英社文庫(一四)
#『メルカトルと美袋のための殺人』講談社ノベルス(九七)→講談社文庫(〇〇)→集英社文庫(一一)
#『鴉』幻冬舎(九七)→幻冬舎ノベルス(九九)→幻冬舎文庫(〇〇)
*『木製の王子』講談社ノベルス(〇〇)→講談社文庫(〇三)
『まほろ市の殺人 秋 闇雲A子と憂鬱刑事』祥伝社文庫(〇二) ※倉知淳、我孫子武丸、有栖川有栖との合本『まほろ市の殺人』にも収録。
*『名探偵 木更津悠也』光文社カッパ・ノベルス(〇四)→光文社文庫(〇七)
『螢』幻冬舎(〇四)→幻冬舎ノベルス(〇六)→幻冬舎文庫(〇七)
★『神様ゲーム』講談社ミステリーランド(〇五)→講談社ノベルス(一二)→講談 社文庫(一五)
☆『貴族探偵』集英社(一〇)→集英社文庫(一三)
『隻眼の少女』文藝春秋(一〇)→文春文庫(一三)
#『メルカトルかく語りき』講談社ノベルス(一一)→講談社文庫(一四)
☆『貴族探偵対女探偵』集英社(一三)→集英社文庫(一六)
★『さよなら神様』文藝春秋(一四)→文春文庫(一七) ※本書
『化石少女』徳間書店(一四)
『あぶない叔父さん』新潮社(一五)
*『弦楽器、打楽器とチェレスタのための殺人』光文社(一七) ※近刊
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