過剰なゲーム性による自壊を避けるべく、本格ミステリはある種の妥協によって成立している。操りの可能性や余詰めを完全に潰し、解釈に依存しない文章を紡げない以上、本格ミステリには本質を追うことで異様を示すという逆説が伴う。正統派の技量と特異なセンスを持つ麻耶雄嵩は、その手法に長けた現代本格ミステリの鬼才に違いない。
改めてプロフィールを記しておくと、麻耶雄嵩は一九六九年三重県生まれ。京都大学工学部卒。在学中は推理小説研究会に所属。九一年に『翼ある闇 メルカトル鮎最後の事件』でデビュー。高い論理性とユニークな世界観でカルト的な人気を博し、二〇一一年に『隻眼の少女』で第六十四回日本推理作家協会賞と第十一回本格ミステリ大賞、一五年に『さよなら神様』で第十五回本格ミステリ大賞に輝いている。
一四年にハードカバーで上梓された『さよなら神様』は“異様”を愛するマニアの注目を浴び、本格ミステリ大賞のみならず、各種の人気投票 ──『2015 本格ミステリ・ベスト10』(第一位)、『このミステリーがすごい! 2015年版』(第二位)、『週刊文春ミステリーベスト10 2014年』(第三位)でも支持を集めた。本書はその文庫版だ。
本書の紹介を始める前に、〇五年に刊行された『神様ゲーム』に触れておこう。神降市に住む小学四年生の「僕」こと黒沢芳雄は、仲間たちと“浜田探偵団”を結成し、市内で相次ぐ猫殺しの犯人を捜すことにした。「ぼくは神様なんだよ」「過去や未来の出来事もすべて知ってるよ」という同級生・鈴木太郎に「秋屋甲斐」「それが猫殺しの犯人だよ」と聞かされた芳雄は、古い屋敷で友人の死体を発見する──という書き下ろし長篇だ。どす黒いストーリーが話題を呼び、同書はジュヴナイルにも拘わらず『2006 本格ミステリ・ベスト10』と『このミステリーがすごい! 2006年版』の第五位に選ばれた。
その続篇にあたる本書は、一〇年から一四年にかけて発表された「少年探偵団と神様」「アリバイくずし」「ダムからの遠い道」「バレンタイン昔語り」「比土との対決」「さよなら、神様」の六篇を収めた連作集である。吾祇市の小学五年生「俺」こと桑町淳と市部始、丸山一平、比土優子、上林泰二(第一話のみ)からなる“久遠小探偵団”の周囲で殺人事件が起き、淳が鈴木に犯人の名を告げられる(「犯人は ××だよ」という鈴木の台詞で始まる)のが基本パターンだ。神の言葉として真実の断片を示し、倒錯した経緯で小学生に過酷な事実を悟らせる──という構成は前作と同じだが、エピソードの数が多いぶん、思考実験的な捻りのバリエーションは強化されている。
初期設定からも解るように、本書の肝は犯人捜しではなく、それが確定した後のプロットにある。鈴木が芳雄を翻弄した『神様ゲーム』は“神様の暇潰しゲーム”だったが、鈴木は本書でも「全知全能ほど退屈なものはないよ」「神が関与したら面白くないだろ」と嘯(うそぶ)きつつ、恣意的に「面白くもない展開」を避けて淳を振り回す。神は因果の外というエクスキューズはあるにせよ、真実の一部を知ることは思考と行動に干渉する。オイディプスが父を殺したように、結末は運命論的に収束するとしても、もし彼らがそれを知らなければ──というタイムパラドックスめいた気配すらそこには漂うのだ。
人間たちは圧倒的な存在に一矢報いられるのか。それは自分の目で確かめて欲しいが、操りとインモラルな意志とエゴイズムの扱いが作家性を感じさせる──とだけは記しておこう。ちなみに「ダムからの遠い道」は最終話の後に書かれたが、後半の流れからは独立した内容なので、単行本を読むうえで支障はない。増補的なエピソードで第一話の救いを壊すのも著者らしいところだ。
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