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本格ミステリ界の極北――“神様”が囁く真実が引き起こす、甘い中毒

本格ミステリ界の極北――“神様”が囁く真実が引き起こす、甘い中毒

文:小財 満 (書評家)

『さよなら神様』 (麻耶雄嵩 著)


ジャンル : #エンタメ・ミステリ

『神様ゲーム』。「かつて子どもだったあなたと少年少女のため」のレーベル、講談社ミステリーランドで発表され、小学生を主人公に据えたにもかかわらずそのあまりにおぞましい結末と、読者に真相が描かれないという不安をもたらす異色作だ。本格ミステリ界の極北、麻耶雄嵩の作品の中でも、その簡明な構造とイメージとの落差は極北中の極北。

 麻耶は作中で、卓越した推理力を持ちながら証拠のでっち上げも上等の「銘」探偵や、自分では一切推理をしない貴族探偵を登場させるなど、物語における探偵という存在の意義やあり方に腐心しているが、『神様ゲーム』ではその探偵のあり方の最前線として、推理することすら不要という全知全能の“神様”鈴木太郎を登場させている。前置きが長くなったが、本作『さよなら神様』こそはその“神様”を連作短編集の形で九年越しで再登場させた、待望の続篇だ。

 隣の小学校の教師が、通勤途中に殺された。久遠小探偵団の一員、「俺」こと桑町淳は、クラスの担任教師が警察に事件の犯人として疑われていたことから、疑惑をはらすため、鈴木太郎――クラスの人気者の自称“神様”に事件の犯人の名前を尋ねることに。どうやらこの“神様”、過去に盗難事件の犯人をあて、交通事故を予知したなど、何かしらの超能力を持つのは確からしい。だが鈴木が宣った教師殺人事件の犯人の名は、淳の同級生、しかも同じ探偵団の一員である上林の父親のものだった。半信半疑の淳はひとり現場に赴き、真相を解明するため調査をはじめる。だがそんなとき、淳が鈴木に犯人の名前を聞いていたことを、探偵団団長・市部始に勘づかれてしまった。懊悩の末、鈴木から聞いた犯人の名を、探偵団の皆に次の集会で告白すると約束する淳だったが。

 第一話からして小学生に悩ませるには重すぎる悩みで、心底意地が悪い。この連作短編集ではほぼ毎話、冒頭で“神様”のお告げとして犯人の名前のみ――しかも淳たち探偵団に近い人間ばかり、少なくとも逮捕されれば淳たちの生活に確実に影響を及ぼす者の名前が述べられ、探偵団に波紋を呼ぶことになる。何ら根拠のないはずの鈴木の言葉の真偽が、大人たちには相談できない、淳たちだけのサスペンスと化すのだ。そしてその真偽を確かめるために、探偵団、特に団長である市部が推理を重ねる――というのが大まかな流れ。物語が進むに従い事件は、“神様”の言霊につられるように、また中盤で明らかになる淳の、ある「生きにくさ」に呼応するように、淳の生活、そして探偵団の人間関係へと入り込んでいく。

 本作の大きなテーマは探偵行為、つまりミステリの大前提である真実を捜す、という行為の裏側にある意味だ。陰謀論を例に出すまでもなく、生きにくさを抱えた人間にとって現状をひっくり返してくれる「真実」なるものは妖しい魅力を持つ。前作では地味な存在だったはずの“神様”が、容姿端麗の魅力的な人物として淳の前に現れたように。そして真実を「ドーピングに依存するアスリートのよう」に欲し、翻弄される淳の、なんと危うく、憐れなことか。この淳の姿は、真実に魅せられてページを繰る、ミステリというジャンル読者の姿の、鏡写しとも言えるのだ。

 だがそもそも鈴木太郎は本当に“神様”なのか。真実という蜜に魅せられた淳は、どのようにして神様=真実にさよならを告げることになるのか。そして探偵行為=真実を捜すことに魅せられるミステリファンの心をえぐる、あまりに意地の悪いラストとは。――ついでながら当書評の筆者だが、ラストの一ページで独り者のやっかみ半分、かなり本気でこの本を壁に投げつけようとしたことを、ここに告白しておく。やはり極北。麻耶雄嵩はこうでなくては。

さよなら神様
麻耶雄嵩・著

定価:本体1,500円+税 発売日:2014年08月06日

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