書評

筒井康隆の本質とは「作家」ではなく「役者」なのか?

文: 松浦 寿輝 (作家)

『繁栄の昭和』(筒井康隆 著)

 本書『繁栄の昭和』は、以上の見取り図に則った場合、「偽フォークロア」の極に引き寄せられた空間構成を持つ諸篇を集めた短篇集と言える。集中、「一族散らし語り」がとりわけあからさまに「偽フォークロア」的で、「熊の木本線」等の系譜に連なる作品であるのは見やすいことだろう。わけのわからない迷路のような構造の大きな屋敷では、住人ばかりでなく庭にいる兎や山羊も奇妙な病に罹って体が腐れていき、いたるところに鼻が曲がるような腐臭が漂って、池には人の指や手首を喰いちぎる「白い顔の怪魚」が潜んでいる。「この近辺だけ時代がずれとるのか」という言葉がぽろりと呟かれるが、この「ずれ」のただなかに筒井的「偽空間」の本領がある。

 しかし、そればかりではない。「繁栄の昭和」「大盗庶幾」「科学探偵帆村」という冒頭の三篇で物語の大きな枠組みをなす「昭和」という時空じたい、平成の年号も三十年に近づき、さらにそれも終わりかける気配も漂いつつある現今、もうすでに記憶の世界へと遠く退いて、日本民族の想像界を構成する「フォークロア」的な挿話の一つと化しつつあるからである。

 日本の歴代年号の中でもっとも長く続いた昭和は、一九二六(大正十五)年十二月二十五日、大正天皇の崩御とともに始まり、一九八九(昭和六十四)年一月七日、昭和天皇の崩御によって終わる。その間、六十二年と十四日。その六十二年の間には、日中戦争、太平洋戦争、その敗戦に続く占領期といった大きな歴史の断層が挟まり、ひと続きの時代として語ることは本当は不可能に近いはずだが、筒井氏は「繁栄の昭和」とひとことぽつりと、夢見るように呟いて、六十二年の全体を丸々その独断的なキャッチ・コピーの中にくるみ込んでしまう。筒井的な「昭和のフォークロア」が「偽フォークロア」たるゆえんである。

 タイトル・ピースの「繁栄の昭和」は、何やら甲賀三郎や木々高太郎のような雰囲気でゆるゆると始まり、「戦前の本格推理小説」的と言おうか、人物配置と空間を描き出してゆく筆遣いには「古色蒼然」の気配がうっすらと揺曳する。もちろんすべてが演じられた「偽」の空間であることは言うまでもなく、建物の間取りのまことしやかな平面図をわざわざ挿入してくれる過剰なサービスぶりが、いかにも「昭和的」で懐かしい。『富豪刑事』や『新日本探偵社報告書控』といった筒井氏の旧作を当然わたしたちは紙背に透かし見ることになるが、この短篇の眼目は、同一の殺人事件の描写が図々しく反復され、その無時間的=非歴史的なループを通じて、「昭和」の「偽フォークロア」が「繁栄」といういかがわしいファンタスムとして凝固するという趣向にある。

 読者の楽しみを削がないために、「大盗庶幾」の最後の種明かしについては詳述できないが、これは要するに江戸川乱歩の作品世界全体へ寄せたオマージュにして、一種の「カバー・ヴァージョン」とでも言うべき作品だ。ちなみに大乱歩その人が、筒井康隆を商業出版の世界へ紹介した恩人とも言うべき存在であったことを思い出しておいてもよい(SF同人誌『NULL』に載った短篇「お助け」が乱歩主宰の雑誌『宝石』一九六〇年八月号に転載され、これが筒井氏の実質的なデビュー作となった)。そして同様にまた、名探偵帆村荘六を老年の姿で活躍させる「科学探偵帆村」が、海野十三へのオマージュであることは言うまでもない。「屋根裏の散歩者」「D坂の殺人事件」『少年探偵団』シリーズなどの乱歩、「地中魔」「蠅男」「浮かぶ飛行島」「十八時の音楽浴」などの海野十三――二人の偉大な先人への敬意と愛の表現としてこの二作が書かれたことは明らかだが、同時にそこに「この近辺だけ時代がずれとるのか」と言いたくなるようなユーモラスな「ずれ」が持ち込まれ、それによってこの二作も「ツツイ・ワールド」へ組み入れられることになる。

 ところで、ささやかな脱線を赦していただいてわたし自身のことを少々語るなら、江戸川乱歩については言うまでもないとして(わたしの長篇『半島』や、とりわけ『巴』には、いくつかの箇所で乱歩へのあからさまなオマージュが捧げられている)、海野十三の「科学小説」──「SF」というよりはむしろ──や探偵小説の喚起する郷愁は、少年期以来長らくわたし自身の偏愛の対象でもあった。拙作『川の光2──タミーを救え!』には、親切で侠気(おとこぎ)があるがそそっかしいフェレットが登場し、主人公たちの旅を助けてくれるのだが、大都市東京の地下鉄網に精通したこのイタチ科の小動物が、「人呼んで、地下世界(アンダーグラウンド)の『深夜の市長』こと地下鉄サムさまとは、ぼくのことだあっ」と叫んで大見得を切る一シーンがある。「深夜の市長」が海野十三の作品名であることを指摘してくれた読者は、残念ながら一人もいなかったものだが……。ちなみに「地下鉄サム」という名前についても同様で、ジョンストン・マッカレー『地下鉄サム』(創元推理文庫)は、悲しいことに絶版となってすでに久しいようだ。乾信一郎の古風でいなせで伝法な翻訳文体に漲っていた、あの胸の疼くような懐かしさ……。

繁栄の昭和筒井康隆

定価:本体680円+税発売日:2017年08月04日


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