- 2017.09.26
- 書評
紫式部ってこんな人だったかも! 深い歴史の海へ漕ぎ出してくれる物語
文:大和 和紀 (漫画家)
『古今盛衰抄』(田辺聖子 著)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
本書はスサノオを主人公にした神代の昔から、浪速の落語家が活躍した明治・大正・昭和までを取り上げた短編の歴史小説集である。雑誌の編集テーマに沿って選ばれたそうだが、これほど多彩な時代とジャンルの異なる主人公をさらりとおもしろく書ける作家は田辺さんだけではないだろうか。しかも、文章のリズムが良く、流れるように読むことができる。登場人物の肉づけも明快だ。夫に先立たれて、もう男なんてどうでもいいわと人生を吹っ切った女帝の持統天皇。二十四歳で亡くなった樋口一葉の青く、若い、まっすぐな人生。キャラクターの輪郭がくっきりして、それぞれ魅力的だ。とくに男性は色気と愛嬌があっていい。男のダメな部分も含めて、「そこが可愛いのよね」と受け入れる優しさが田辺さんにはある。
夜明けの神々のスサノオは幼稚な乱暴者で、あきれるくらい頭も悪い。なのにどうしても憎めない、本書のなかで一、二を争う私の好きなキャラクターである。
本書の最後に登場する桂春団治にしても、落語家としてはともかく、こんな旦那がいたら三日とは一緒に暮らせない。破天荒な生き方は映画やドラマになり、「どあほう春団治♪」と演歌にも歌われた。少女漫画にはありえないキャラクターだが、田辺さんは乙女心をくすぐる二枚目よりも、欠点は多くても可愛げのある男がお好きなのだろう。それは田辺さんが大阪生まれの大阪育ちで、カモカのおっちゃんという最良の伴侶を得たことが大きく影響しているように思う。
関西に行くとわかるのだが、西の男は東の男よりもだんぜん愛嬌がある。それがやわらかな色気になっている。歌舞伎俳優だって東より西の役者のほうが色気があるではないか。田辺さんはカモカのおっちゃんと、ご主人のまわりに集まる愛嬌たっぷりの男たちを眺めながら、「しょうもないけど男はおもしろいもんや」と感じていたに違いない。
本書で少し意外だったのは田辺さんが後白河院を取り上げていること。ここで描かれる院はほとんど妖怪のようだ。母親の待賢門院璋子につきまとう不義の噂。父親にはうとんじられ、第四皇子という生まれから、皇位にからむ見込みもなく、長い間、打ち捨てられてきた皇子だ。それが性格を屈折させたのだろう。今様を偏愛し、喉がつぶれるほど謡い狂い、今様の名人と聞けば遊女までも御殿に呼び寄せるという変人ぶりである。突然、皇位が転がりこむと政治的手腕を発揮して敵をほうむり、強大な権力を手に入れる。とことん強欲で、すべてがグツグツ煮えたぎっている。なにも知らず舞台で踊り狂う人々を客席からひとり冷笑を浮かべて見つめている、という描写もおどろおどろしくて後白河院にぴったり。好きにはなれないが、どうしても目をそらせない不思議な色気のある男だ。もし漫画にするなら、私は後白河院その人より、秘書と愛人を兼ねた有能な女性をそばにはべらせ、彼女の目を通してあの時代を描くだろう。
歴史小説は史実も大切だが、それに引きずられると、登場人物は類型的になり、物語の輝きは失せてしまう。ところが田辺さんは史実と史実のあいだをぬって、その隙間を埋めていくのがお上手だ。史実と創作の境い目に気づかず、うっかりすると全部ほんとうのことだと信じてしまいそうだ。クリエイティブな才能はもちろんのこと、着物文化を肌で知っている人にはかなわないなぁと私はため息をつく。
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