- 2017.09.26
- 書評
紫式部ってこんな人だったかも! 深い歴史の海へ漕ぎ出してくれる物語
文:大和 和紀 (漫画家)
『古今盛衰抄』(田辺聖子 著)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
平安末期の『今昔物語』のなかに、狐が人を化かす話がある。薄闇のなかに愛らしい女の子がポツンと立っている。ところは京の都の町はずれ。馬に乗った武士が通りかかって、後ろに乗せてあげると、あらあら不思議、少女は突然「コンコン、狐だよ~ん」とばかりに正体をあらわして、ドロンとどこかへ消えてしまう。人に危害を加えるわけではない。ある夜、血気盛んな侍があらわれて狐を捕まえるのだが、さんざん叩いたり、たいまつの炎でちょっと尻尾を焦がしただけで、二度とするなよと逃がしてあげる。このお話には続きがあって、再び侍がその場を通りかかると、いくぶんやつれ気味の少女が「もう馬には乗らない、尻尾を焼かれるのは嫌だから」としょんぼりと答えたという。こんな愛らしい奇譚を生んだ平安という時代が私は大好きだ。ものごとを見る目がどこか優しい。ふつうなら迷わず狐を射殺していただろう。
その一方で私は親兄弟が殺し合った、血で血を洗う戦国時代にも興味をひかれる。いかに生きて、死ぬのか。男の欲望がぶつかりエネルギーとなった時代の陰に、表舞台にはのらないさまざまなドラマがあったはずだ。そんな思いから、書家の小野於通(おののおつう)という女性を主人公にした『イシュタルの娘』という作品を漫画誌に連載している。於通はこの物語のなかで織田信長、豊臣秀吉、徳川家康という三代の権力者と同じ時代を生きて、彼らに愛され、彼女なりのやり方で歴史とかかわっていく。もちろん私の創作なのだが、激しく揺れ動いた時代にひとりやふたり、そんな女性がいたっておかしくないと思う。
ふり返ると、私が歴史や古典に興味を持つ入り口になったのはNHKの大河ドラマだった。十代のなかばに井伊直弼を主人公にした第一作目の「花の生涯」が始まり、「赤穂浪士」「太閤記」と続いて、家族みんながテレビにかじりついた。もっと娯楽色の強い時代劇やラジオから流れる講談も大好きだった。ドラマに引き込まれ、原作に手をのばすうちに、歴史への興味はどんどん広がっていった。男性作家なら司馬遼太郎に山本周五郎、女性作家なら杉本苑子さん、永井路子さん、そして、もちろん田辺聖子さん。北海道の実家には『隼別皇子の叛乱』や『ひねくれ一茶』など、田辺作品がいっぱい並んでいる。