『仲代達矢が語る日本映画黄金時代』をPHP新書で刊行してから、光栄なことに、仲代さんからご懇意に接していただけることになった。その結果、あることに気づく。それは、著書には決定的に欠けているものがあった――ということだ。
欠けていた点は大きく二つある。一つは、「役者・仲代達矢」に対する掘り下げの甘さだ。仲代さんへの取材を経て、筆者は「週刊ポスト」の連載などでベテラン俳優たちに役者人生をインタビューするようになっていくのだが、彼らの言葉は役者でない身にも含蓄のあるものとして響いてきた。そこで思ったのは、以前の仲代さんへのインタビューが、「役者人生」という視点で不足があったということだ。
新書版「はじめに」にも書いた通り、本書は「映画史の証言者」という視点で仲代さんを捉えてインタビューしている。その結果、当時の映画人たちとの刺激的なエピソードや経験されてきた偉大な足跡を存分にうかがうことができた。だが一方で、それだけで手いっぱいになってしまい、後に他の役者たちには粘っこく聞くことになる、「役者としての原点」「演じる上でのこだわり」などの演技論・芸談を、掘り下げきれていないのである。多くの役者たちに取材すればするほど、そのことに対して大きな悔恨を抱くようになっていた。そして、折に触れて耳にしてきた仲代さんの芸談はどれも素晴らしいもので、ぜひとも記し残したいという想いは強くなっていった。
そこで今回の文庫化では、仲代さんの役者としての原点である俳優座養成所での日々や師・千田是也の教えなどについて追加取材をし、序盤に書き加えた。また、ここまで断片的にうかがってきた芸談・役者論の数々も後半の「文庫版特典」の一つとしてまとめて掲載している。
そして、「欠けていた」ことはもう一つある。それは「役者・仲代達矢の現在地」である。
筆者はこの数年、仲代さんの舞台稽古、映画撮影の現場に触れる機会を得ることができた。そうした日々を通して、仲代さんが何を想い、何と戦い、いかに葛藤し、いかに格闘し、その結果、いかに表現してきたのかを、克明にこの目に刻み込むことができた。
そして分かったのは、仲代さんが「偉大な足跡を残してきた伝説の名優」であるだけでなく、「今もなお新しい演技を求めて走り続ける現役の役者」ということだ。だが、「映画史の証言者」という視点に拠っていた元の新書では、ここにあまり触れることができていなかった。
時にアスリートとして、時にアーティストとして、時にアルチザンとして、時にエンターテイナーとして。「さらなる上」を追い求めていく仲代さんの姿。決して過去の実績に甘んじることなく、新たな姿を観客に提示しようともがき、あがき、そして突破していく、「現役のプロフェッショナル」の凄味がそこにはあった。これもまた、書きとめておかなければならないと思った。仲代さんに密着しながらうかがってきた、その「現在地」の部分が本書の「文庫版特典」の大きな柱になっている。最後には今回の取材の集大成ともいえる、仲代さん主演時代劇『果し合い』での現場ルポも掲載した。(以前の取材ではうかがいきれなかった「映画史」についての証言も、新たに多く加わった)
そのために今回初めて触れる方はもちろん、新書版を既に読まれた方も、また新たな仲代さんの魅力に触れていただける一冊となった。
最後に、この文庫化企画を受け入れてくださった文春文庫の舩山幹雄さん、児玉藍さん、勝手なお願いを全て聞き入れてくださった無名塾の皆様、そして――素敵な時間をいつも提供してくださる仲代達矢さん――心より御礼申し上げます。
二〇一七年六月
春日太一
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『リーダーの言葉力』文藝春秋・編
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