藤沢周平原作の新作ドラマ『果し合い』に主演。 伝説のベテラン俳優がみせた凄みに迫る――
仲代達矢が、久しぶりに時代劇に主演した。それが、『果し合い』。スカパー!と時代劇専門チャンネルによるオリジナル作品だ(BS局・BSスカパー!にて放送)。
日頃から仲代と懇意にさせていただいている筆者は、いち早くその情報を入手することができた。そして、すぐさま関係各方面に密着取材を申し込んだ。実は、これまで仲代の撮影現場をこの目で見たことがなかった。今回は主演。その上、時代劇ときている。時代劇研究家を名乗る身としては、この歴史的な現場を決して見過ごしてはならないと思った。
そして、六月三日の仲代の現場入りから十五日のアップまでほぼ毎日、撮影現場にお邪魔することになった。撮影は京都の松竹撮影所で行われたが、仕事の依頼で行ったわけではないので、その間の滞在費も交通費も全て自腹。この歴史的な現場に立ち会えるのなら、いくら払っても惜しくはない――そう思えたのだ。
京都での仲代達矢八十二歳の戦いが筆者にどう映ったのか。それを記したい。
京都の「戦友」たちとの再会
©2015時代劇専門チャンネル/スカパー!/松竹
古くは一九六二年の映画『切腹』に始まり、仲代は京都で数多くの時代劇に出演してきた。特に八〇年代以降は、旧・大映京都撮影所のスタッフたちが設立したプロダクション「映像京都」のメンバーたちと組んで、フジテレビの時代劇に主演している。が、この二十年ほどは京都での時代劇の現場はなかった。
撮影初日、仲代は昼過ぎに撮影所入りすることになっており、筆者は午前中から待機していた。そこに「懐かしの顔」が続々と現れる。当時の作品を一手に担っていたフジテレビの能村庸一プロデューサー、ほとんどの作品を演出した井上昭監督、そして映像京都のスタッフたち。誰もが皆、どこか浮き立っているような、それでいて緊張しているような、今まで見たことのない面持ちをしていた。それほど、「仲代の帰還」は京都の時代劇関係者にとっても特別なイベントであったのだ。
仲代にとっても、久しぶりの「戦友」たちとの再会は特別なものだったのだろう。撮影所に着いて車から降り立った時、強張った表情をしていた仲代だったが、一人一人の挨拶を受けて握手を交わしているうちに、「ホーム」に帰ってきたような柔らかな笑顔に変わっていた。彼らとの日々が仲代のキャリアの中でいかに充実したものであったのか、その表情だけで窺い知ることができた。
ただ、いつまでも懐かしがってはいられない。すぐに撮影が始まるのだ。控え室に入ると休む間もなく身支度に移る。仲代を万全の態勢で迎えるため、松竹は手練れのスタッフたちを編成したが、特にメイクには仲代が「山ちゃん」と親しみを込めて呼ぶ、彼を長年担当してきた大ベテランが当てられている。久しぶりの再会にもかかわらず、二人は毎日会っていたかのような親しさで昔話に花を咲かせつつ冗談を言い合っていた。この後、撮影は過酷を極めることになるのだが、「山ちゃん」にメイクしてもらっている間は仲代にとって数少ないリラックスの時間になっていく。
刀を振るえば振るうほど
©2015時代劇専門チャンネル/スカパー!/松竹
監督は、時代劇専門チャンネルを運営する日本映画放送株式会社の社長である杉田成道自らが担当している。テレビドラマ『北の国から』などで知られる杉田の演出は、とにかく粘り強い。一つのシーンを撮る際、通常はカットを割りながら撮るのだが、杉田はそうしない。そのシーンの頭から最後まで撮ると、今度はアングルを変えてまた頭から最後まで撮る。そして、編集段階でそれを自在に切って繋いでいくのだ。
この方法の場合、映像素材が数多く手に入るため編集の際の選択肢は増えるが、その分、俳優たちへの負担は大きくなる。何度も同じシーンの長い本番をこなさなければならないからだ。今回も、たとえ八十二歳の仲代相手でも杉田は妥協することはなく、撮影は連日朝早くから夜遅くまでかかった。
それでも仲代は弱音一つ吐くことはなく、また体力的な限界を表向きは決して見せることもなかった。むしろ、厳しい場面や夜遅い撮影といった困難な局面になればなるほど、その演技には鋭さが増しているようにすら筆者の目には映っていた。作品を良くするためなら我が身は厭わない。それこそが、仲代の役者魂の根幹なのだと実感できた。
特に圧巻だったのは十二日の撮影だ。この日、仲代扮する佐之助が「過去の悲劇と向き合うために、一心不乱に刀を振る」という場面が朝早くから撮られることになる。撮影所近くにある山間(やまあい)の「酵素」と呼ばれる場所でロケは行われたのだが、この日は猛烈な炎天下だった。しかも、近辺には日蔭が全くない。撮影期間も終盤を迎えて疲労も蓄積しているであろう八十二歳には、酷な現場に思えた。
そんな中、撮影は始まった。まずは、殺陣師と抜刀や構えの確認から。久しぶりの時代劇でも、さすがに若い頃の鍛え方が違う。殺陣師からほとんど指導を受けることなく自在に刀を操り、その構えの重さ、振りの鋭さは間近で見ていて惚れ惚れする迫力があった。
そして、太陽が昇りきったあたりで、刀を実際に振る場面の撮影になる。ただ振るだけでなく、同時に草木を斬っていくため、使われるのは撮影用の模造刀ではなく真剣だ。これは、かなりの重さになる。炎天下で仲代はこれをひたすら振ることになるのだが、カメラが回っている間は疲れを全く見せない。刀を振るえば振るうほど、大きな瞳はとり憑かれたように輝き、全身から猛烈な殺気をほとばしらせていったのだ。その狂気ともいえる姿を目の前にしていると「このままでは自分も斬られる」という恐怖すら覚えてしまった。
この日の撮影は、これだけでは終わらない。夕方、撮影所に戻ると数時間だけ休憩を挟み、今度は夜間のロケになる。しかも、本作のクライマックスである「果し合い」の撮影だ。
日中の撮影で精根尽きたように見えた仲代だったが、短時間ですぐに復活していた。一時間以上の移動の車中でずっと「山ちゃん」相手に冗談を言い合う余裕たっぷりの姿を見ていると、先ほどまで体感気温三〇度を越えているかと思われる炎天下で刀を振っていた仲代が幻だったのではないかとすら思えてきた。
夜間の撮影は二十時頃に始まり、終わったのは夜中の三時頃だった。肝心の「果し合い」の決闘場面は終盤、深夜一時を大きく回ったくらいの時間に撮影されている。
ここでの仲代が、とにかく壮絶だった。敵と対峙した時の威圧感、刀を抜くスピード、斬っ先の鮮やかさ、そして残心の美しさ……、『切腹』や『椿三十郎』といった時代劇で目にしてきた「スクリーンの中の、あの仲代達矢」の演じてきた剣豪そのものがそこにいたのだ。過酷な撮影をものともしないどころか、刀を一日中振り続けた上に真夜中になっても往年と変わらないド迫力な姿を見せつけてくる八十二歳を前に、筆者は感動と興奮、そしてあまりの現実離れした役者魂への畏怖が綯い交ぜになり、気づけば足が震えていた。
「伝説の名優」は今もなお新たな「伝説」を作り続けている。
藤沢周平新ドラマシリーズ「果し合い」(新潮文庫『時雨のあと』所収)は、BSスカパー! http://www.bs-sptv.com/ にて放送。お問い合わせはスカパー! カスタマーセンター フリーダイヤル0120-556-365(午前10時~午後8時/年中無休)へ。11月7日(土)から1週間限定で東劇でも公開。http://www.jidaigeki.com/new-original/







