「大変だね……」と誰もが言う
五月下旬、義母宅での予行演習を終え、いよいよヤドカリ本番に挑むことになった。慎重を期して、初日は後輩ライターの事務所に泊めてもらった僕が二日目にやってきたのが民宿ミヤサカ(勝手に命名)である。
「そういえば松本を出たのって昨日ですよね。昨夜はどこに泊まったんですか」
十五分間ほど無言で対戦ゲームをしていた宮坂(みやさか)が、僕の存在を思い出したようにこっちを向いた。ゲームに負けて我に返ったのだろう。
「荻窪だよ。ハンザワ君っていう後輩ライターの事務所で寝袋に包(くる)まって眠った」
「初日から床で寝るとはハードですね。絶対に真似したくない」
いや、むしろ逆なのだ。今回の上京は東京で六泊の予定。スケジュールが確定したのは三日前だった。ただでさえ泊めてくれとは言いにくいのに、急な話となれば頼みやすい人を選ぶしかない。
「それでボクのところに二泊することにしたんですか。初回から連泊の申込みだったんで驚きました。どうせ夜は暇だし、いいんですけど」
とはいえ、いきなりそれ以上は宮坂もキツイだろう。僕も同じだ。どう考えても煮詰まりそうだと思い、いざとなったら事務所を使ってくれと言ってくれていたハンザワ君にさっそくお願いしたのだ。
「で、どうだったんですか、荻窪でのヤドカリデビュー、詳しく聞かせてくださいよ。まず、昨日の昼間は何してたんですか」
そこからか。
「これでもボクは、不便な生活を始めようとしているトロさんの力になりたいと思っているわけじゃないですか。上京したときの動き方を知っておきたいんです。朝は普通に起きたんですか」
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