三人の少女を巻き込んだ不可解な事件「サクリファイス」の著者が描く現代社会の焦燥感と緻密な心理サスペンス
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その手紙が出版社から転送されてきたのは、寒さが急に厳しくなった十二月の半ばだった。
この時期の小説家は忙しい。年末とお正月にかけて、いろんな業務がストップするため、締め切りがすべて前倒しになる。ただでさえ、仕事の遅いわたしは、いつもあたふたしている。
おまけに年末にはこれまで動かなかった企画が急に動き出したりもする。たぶん、来年に持ち越してはいけないと思う人が増えるのだろう。
だから、その手紙も一読して放置することに決めた。
ただでさえ、手書きで返事を書くのには気合いがいる。知人からの手紙でも放置しがちなのに、知らない人からの、ファンレターでもない一方的な手紙に返事を書く気にはなれない。
本当は読んで、少し腹を立てた。無礼な手紙だと思ったから、捨ててしまってもよかった。それでも捨てずに、未処理書類の山に放り込んだのは、なにかが心に引っかかったからかもしれない。
再び、その手紙を手に取ったのは、年が明けてからだった。未処理書類をチェックし、いらないものをシュレッダーにかけている最中に目についた。シュレッダーにかける前にもう一度読み返した。なぜか心がざわざわとした。
前半に書かれているのは、わたしが四年前に出した本の感想だった。辛口の感想ではないし、ところどころ褒めてはくれているが、どこか空々しい。それでも、細かいところまで読み込んでいることはよくわかった。手書きの字もきれいで読みやすい。
感想は便箋半分ほどで、すぐに話題は変わる。
実は、お手紙を書いたのは、先生がわたしたちの話に興味を持つのではないかと思ったからです。同い年ですし、女同士の関係のことをよく書いてらっしゃいますから。わたしと友達ふたりの、三十年にわたる関係は絶対あなたの興味を引くと思います。
読みながら苦笑した。プロの小説家はしょっちゅうこんなことを言われている。「わたしの人生って小説にすると絶対おもしろいと思うんですよ」とか「ぼくのこれまでを小説にしてくれませんか」とか。
現実に、その人たちの語る「おもしろい人生」が本当におもしろかった例ためしはない。波瀾万丈であることを、おもしろいと言っているだけだ。波瀾万丈ですらなく、ただのナルシストであることも多い。
それに、たとえおもしろい題材であろうとも、うまく小説にできるかどうかは作家の資質に大きく左右される。
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