別冊文藝春秋

『二〇一七年四月三日』今村昌弘――別冊コラム「あの日」

文: 今村 昌弘

電子版18号

「別冊文藝春秋 電子版18号」(文藝春秋 編)

 二〇一七年四月三日、運命の着信音が鳴った。画面には事前に登録しておいた『東京創元社』の文字が光っている。そろそろだろうな、と思っていた。

 小説家志望の方の中にはご存じない方もいるかもしれないが、公募型の賞というのは最終選考まで残ると、結果が公表される前に出版社から本人に連絡が入る。他の賞に多重投稿していないか、すでにネット等で公表していないか、他人の盗作ではないか等々の確認のためだ。この時『屍人荘の殺人』が鮎川哲也賞の最終選考まで残っていた僕は、最後の報告の日付を逆算して待ち構えていたのである。

 通話ボタンを押すと、スピーカーの向こうからいかにもこういった報告に慣れた雰囲気の、男性担当者の声が聞こえてきた。

 ――この度、鮎川哲也賞は今村さんの『屍人荘の殺人』に授賞が決定しましたのでご報告させていただきます。

 記憶はおぼろげだが、そうですか、ありがとうございますと返したはずだ。我ながら平坦な声だったと思う。あれほど待ち焦がれた報せのはずなのに。まあ安堵からそういう反応をする受賞者も珍しくはないのだろう、その後も話を続けていた担当者だったが、一通りの報告を終えてもなお気の乗らない感じの僕の声にさすがに戸惑ったのか、

 ――選考委員の先生方が、皆さん揃って絶賛されていましたので、どうぞ自信を持ってください。

 と伝えてくれた。もちろん、嬉しかったのだ。けれどその時僕が思い浮かべたのは、

 ああ、親父、こりゃ死んだな。

 という予感だった。実はその時、僕の父は病院で意識不明の状態が一週間以上も続いていたのである。

 三月末、父は外出先で頭部を強く打ち意識を失った。状態は極めて悪く、救急隊員から連絡を受けた僕が駆けつける間にも、大病院への搬送、緊急手術の決定といった報告が次々と飛び込んできた。

 迅速かつ適切な処置のお陰で一命は取り留めたものの、脳挫傷を受けた父は予断を許さない状態が続いた。詳しい説明は省くが、術後も一週間以上意識レベルが上がらないというのは相当に絶望的な状態で、もし仮に意識を取り戻すことがあっても重篤な後遺症が残るというのがほぼ確定的な認識なのだ。僕もなまじ医療の知識があるだけに、無邪気に祈ることもできない虚しさのままに日々を過ごしていた。

 そんな最中の、受賞の連絡だったのだ。僕が運を使い果たし、父の死を覚悟したのも無理からぬことだろう。

 そんなわけで、せっかくの吉報なのに万歳するわけにもいかず、どんな顔で家族に報告すればよいのか僕は持て余した気分だった。父がこんなことになった以上、自分ばかり好きなことを続けてはいられない。せっかく本を出版できても作家として生活するのは諦めなければならないだろうか……。『あの日』、僕はそう考えていた。

 ちなみに、父はそれからさらに一週間後、意識を取り戻した。経験豊富な脳外科医ですら初めて見るという奇跡だった。さらに僕たちの暗い覚悟を裏切り、リハビリによって驚異的な回復を見せた父は三ヶ月後には一人で歩けるまでになり、一〇月末の鮎川哲也賞授賞式にも出席できた。

 あれからまだ一年も経っていない。思い出すだけで疲れてしまう。どうせならもうひと騒ぎあることを期待して、宝くじ売り場に並ぶ年の瀬である。

いまむら・まさひろ/一九八五年長崎県生まれ。『屍人荘の殺人』で第二七回鮎川哲也賞受賞。同作は「このミステリーがすごい!」「『週刊文春』ミステリーベスト10」「本格ミステリ・ベスト10」の各ミステリランキングで一位を獲得した。

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