2018.04.05 別冊文藝春秋

『ホームスパン』伊吹有喜――立ち読み

文: 伊吹 有喜

電子版18号

「別冊文藝春秋 電子版18号」(文藝春秋 編)

前回までのあらすじ

高校二年生の山崎美緒は、いじめが原因で学校に行けなくなっていた。岩手で工房を営む祖父母が贈ってくれた赤いショールにくるまっているときだけ、心が安らぐのだった。ところがある日、その赤いショールがなくなったことで母と口論になる。思いつめた美緒は、衝動的に岩手の祖父の家に逃げ込む。祖父や親戚の裕子の仕事ぶりを見るうち、美緒は自分でもホームスパンを作りたいと思い、裕子に入門する。徐々に工房にも慣れ、元気を取り戻していく美緒だが、突然祖父のもとにやってきた母親の真紀と激しく衝突。しばらくして、祖父と共に美緒は東京に行くことになるが、祖父が東京で倒れてしまい……。


 十一月の末、裕子と相談をして、父の療養を盛岡で行うことに決めた。ところが受け入れ先になる盛岡の介護医療施設がなかなか見つからない。十二月の終わりにようやくその施設が決まったので、年が明けてすぐ、父を盛岡に移送することにした。

 その一週間前、美緒は父が所有している盛岡市内のアパートに引っ越した。右の隣室は裕子が自分の作品を作るための織機を置いており、向かいにある、やはり父所有の古い木造アパートには太一が暮らしている。

 美緒たちのアパートからも山崎工藝舎のショウルームからも、父が入所した介護施設は近い。これなら紘治郎先生に寂しい思いをさせないと裕子は言っていた。

 移送を終えた翌日、美緒とともに広志は父の病室に顔を出す。

 長距離の移動で疲れたのか、父はあまり元気がない。それでも美緒を見ると、うれしそうな表情をした。その様子に、これでよかったのだとあらためて思う。

 勤務先では今、所属している家電部門だけが切り離されて、海外の企業に売却されることになり、社内は大揺れだ。社名も体制も変わるうえ、勤務地も国外になる可能性がある。そうなると東京の施設に父が入所したとしても、なかなか見舞いにはいけない。この選択は父にとっても、美緒にとっても最良なはずだ。

 それなのに、昨日入所の手続きをして、この施設を出たとき、自分は再び、父と故郷を捨てるかのような気がした。

 美緒が引っ越し先の部屋について父に話しかけている。きりのいいところで立ち上がり、二人に挨拶をして、広志は病室を出る。

 廊下に出ると、「お父さん」と声がした。振り返ると、美緒が病室から出てくる。

「どうした?」

「もう行くのかなって思って」

「行くよ。裕子先生に挨拶して、おじいちゃんの家を片付けにいかないと」

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