東京の病院で容態が安定すると、父はおぼつかない言葉と仕草で、懸命に何かを訴えようとした。書斎、机、引き出し、と言っているようなので、盛岡にいる太一に父の家に行ってもらい、書斎の机の引き出しを開けてもらった。すると家財道具の処分について書かれたノートが出てきた。
去年の夏、美緒の身の振り方が決まったら、父は施設に移ると言っていた。出てきたノートは、父がコレクションの譲渡先や家財の処分方法などを詳細に記したものだった。
そこで、太一がノートの指示に従い、先月から友人たちと父の家の整理を行っている。ほとんどの荷物は家から出したが、自分たちで判断できないものが残っているので、今日はそれらの行き先を考えてほしいと頼まれていた。これから裕子のもとに行って、その相談をする予定だ。
あのね、と美緒がいいよどんだ。
「おじいちゃんの家の片付け、私も……行く?」
「もう少し、おじいちゃんといてやって。二人とも帰ったら、急に寂しくなるだろうから」
「そうだね……じゃあ戻る」
ほっとした顔で美緒が病室へ戻っていく。親といるより祖父と一緒にいるほうが安心するような様子だ。
ショウルームに向かうと、裕子は一人で服地を織っていた。
織る手を休めて、「なつかしいでしょ」と裕子がたずねる。
「まあ、少しはね」
「なんだ、少しだけか」
裕子が織機から降り、台所へ歩いていった。
「娘を取られたような気がしている」
「私に?」
「そうじゃなく。なんだろうな……」
「少しは紘治郎先生の気持ちがわかったんじゃない? 先生だって、ヒロチャが東京に行ってから全然実家に寄りつかなくなったこと、結構気にしてたんだから」
何も言えず、織りかけの布を見つめる。紺にも黒にも見える上品な色合いだ。
「美緒ちゃんのことなら大丈夫。今のところ、変な男の子にもひっかかっていないし。ホームスパンに夢中だから」
返事ができず、黙って織機の隣に置いてある椅子に座る。
お茶とともに、裕子が父のノートを持ってきた。
「先生の家だけどね、だいたい片付けたけど、ヒロチャがいらないなら、この人に譲ってほしいとか、処分してほしいっていうのが、一階にまとめてあるから。だからそれを見て、行き先決めて」
「譲る相手がいるなら譲ってくれていいよ。価値がわかる人に持っててもらったほうがいい。処分しろというものは全部捨てて」
「そう言わずに一回見てよ。お宝だったりしたら、受け取るほうも、あとで、ややこしいことになるんじゃないかって不安になるし」
不服そうに言いながら、裕子がノートをめくる。
「あとは納屋かな。あそこの物の行き先はヒロチャじゃないとわかんない。全部、指示してくれたら、力仕事は私たちでなんとかするから。美緒ちゃんも来たしね」
「役に立つかどうかわからないけど」
いやいや、と裕子が軽く手を横に振る。
「よっぽどヒロチャより使える。ところで、奥さんは来ないの?」
「父と二人でいたい気がして。真紀なりに気を遣ってくれたんだよ」
「それならよかった。夏に美緒ちゃんと大喧嘩してたじゃない? まだ引きずってるのかなって思って」
その言葉にため息が出た。
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