書評

同時代を生きる現役作家の作品を追いかける最大の愉しみとは?

文: 重松 清 (作家)

『ナイルパーチの女子会』(柚木麻子 著)

『ナイルパーチの女子会』(柚木麻子 著)

 その〈大きなもの〉とは、〈私達を競争させるものたち〉――作中の翔子と同様、本作を未読の方は、栄利子の〈意図するところが分からず〉首をかしげるだろう。それでいい。それが、いい。既読の人は、きっとうらやむはずだ。僕だってうらやましい。新しい読者は、栄利子が続けて口にする言葉をまっさらな状態で読めるのだから。〈私達を競争させるものたち〉の正体を知らされた瞬間の「そうだったのか!」という衝撃と、それでいて「ああ、自分は誰かにこう言い切ってもらえるのをずっと待ち望んでいたんだ」という安堵、その相反するものを同時に、存分に味わえるのだから。

 しかし、ここからが本作の、そして柚木麻子さんという作家の真骨頂(の前半)――。

 本作は決して、二人が再び〈無敵の二人組〉になって〈私達を競争させるものたち〉と闘い、あまつさえ勝利を収めるような、単純な共感バンザイの物語ではない。むしろ共感を追い求める栄利子が大きなものを失っていく様子を容赦なく描き尽くし、冷静であったはずの翔子の弱さにもよけいな斟酌を加えず、読者一人ひとりの中にある「栄利子のような部分」「翔子に似たところ」をえぐっていく。

 なにしろ、女友達に最も恵まれている真織の描き方を見てもらえないか。並みの書き手なら彼女を座標の原点、誰よりも安定した、読者が共感しやすい位相に置くはずなのに、柚木さんは、なんともエキセントリックな、共感の極北にあるような人物として造型したのだ。これ、同業者の端くれとして、「ホントにすごいことなんですよ」と声を大きくして、完敗のお手上げのポーズとともに言っておきたい。

 なるほど、ということは……と、あなたはうなずきかけるだろうか。いや待ってくれ、早とちりしないでいただきたい。「人間なんて、しょせん一人で生まれて一人で死んでいくんだから」という醒めた着地点を持つ物語なんだな、と誤解しないでもらいたい。

 ここからが、作家と作品の真骨頂の後半になる。

 栄利子と翔子は、物語の最後の最後で、共感とは違うものに根差した、「ともにあること」を打ち消したうえで成立する友情を結ぶ。あの幸せな一夜は取り戻せなくとも、二人の未来は、取り戻せない一夜の記憶にこそ支えられるはずなのだ。

 既存の価値観の中では、それを「友情」とは呼べないかもしれない。しかし、柚木さんは、その価値観を激しく揺さぶって、最後はねじ伏せるように、読者に肯わせる。
これは、すさまじく、素晴らしい、友情の物語なのだ――と。

 打ち明けておく。

 ここまでは、じつは単行本の刊行時に一読して感じたことを、ちょっと理屈を整えて語ってみただけである。「二〇一五年三月時点での『ナイルパーチの女子会』案内」とでも言えばいいだろうか。

 僕は、同時代を生きる現役作家の作品を追いかける最大の愉しみは、新作と過去の作品とを結ぶ、いわば星座をつくることにあると思っている。

 二〇一五年三月の時点では、『ナイルパーチの女子会』が柚木麻子さんの最新作――線を引いて結ぶ先はすべて過去の作品である。できあがった星座から浮かび上がるものは「(女性同士の)友情」であったり、「女性同士の人間関係に向けられるステロタイプな決めつけへの(時として辛辣で、時としてユーモラスな)異議申し立て」であったりした。実際、二〇〇八年に「オール讀物」新人賞を受賞したデビュー作「フォーゲットミー、ノットブルー」以来、それらの主題は常に柚木さんの作品群に流れていて、本作はその到達点の一つになる作品だと思っていたのだ。

ナイルパーチの女子会柚木麻子

定価:本体750円+税発売日:2018年02月09日


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