「そうですね……金持ちと貧乏人を比較したベストセラー、もしくはユダヤ人大富豪の教訓をまとめた本などが代表的なものかと思います。あと、ちょっと変わったところで言うと、長財布を持つとか、風水で黄色のものを集めるとか、そもそも金持ちと結婚してしまう方法、みたいなものもあります」二階を指差しながら、一気に答える。「ビジネス書コーナーのB棚に関連した本がたくさんありますので、探してみてください」
痩せた青年は、あざすと下を向きながら呟くと、階段をゆっくりと上っていく。一男はその猫背をぼんやりと見送る。
彼が「ビジネス書コーナーのBの棚」にある本を読んで金持ちになれる可能性はどのくらいだろうか。世の中にあふれる「金持ちになれる本」。無数のベストセラー。それらを読んで、本当に金持ちになった人間が何人いるのだろうか。けれど毎日多くの人がその手の本を借りていく。まるで宝島の地図を求めるかのように。
間の抜けた音で、図書館のチャイムが鳴る。大きな掛け時計が、五時ちょうどを指していた。一男は最近隣町の図書館から異動してきた同僚に挨拶をすると、カウンター裏にかけてあった紺色のダッフルコートを羽織り、小ぶりのリュックサックに荷物をまとめて図書館を後にした。最寄りの駅から電車に乗って三十分。郊外の小さな駅を降りて、駅前の牛丼屋で簡単な食事を済ませる。それから暗い川沿いの道を十五分歩き、銀色の鉄板で覆われた巨大な工場に入った。
縦長のロッカーが一列に並んだ狭い更衣室で白衣に着替え、大ぶりなマスクをし、頭にビニールのキャップをかぶる。ベルトコンベアの前に立ち、次々と流れてくる生地の断片を丸めてパンの形にしていく。同じ格好の人間が一列に並び、定められた時間差で手を動かす様は、風変わりなダンスのようにも見える。途中一時間の休憩を挟み、ひたすらベルトコンベア上のパン生地を丸め続ける。とめどなく続く単純作業。むせ返るような酵母の匂いが、強烈な眠気と相まって意識を混濁させていく。
次第に自分がパンで、パンが自分のような気がしてくる。