2018.06.21 別冊文藝春秋

『刑事学校 Ⅱ』矢月秀作――立ち読み

文: 矢月 秀作

電子版20号

第1章

1

 菊池美穂が取調室から出てきた。表情は浮かない。廊下でため息をつき、隣の部屋へ入っていく。

 部屋には刑事研修を受けている研修生たちがいた。パイプ椅子に座っている。生徒たちの前の壁はガラスになっていて、取調室の様子が丸見えだった。

「戻りました」

 目を伏せ、肩を落とす。

 他の生徒たちも同様に、表情は沈んでいる。

 取調室には小柄な初老の男がいた。薄毛の白髪頭で前歯が一本ない。男は椅子の背に仰け反って脚を組み、鼻をほじっていた。なんともふてぶてしい態度だ。

 男は今津勝巳という名だ。六十七歳で、窃盗の罪で逮捕された。これまでに三度検挙され、服役もしている。

 今津は空き巣専門だ。手口は実に単純。宅配業者やセールスマンを装ってマンションや住宅街を徘徊し、施錠していない家を見つけると玄関から侵入し、金品を物色する。

 ドアやサッシ戸を壊したり、庭から侵入したりという手荒な真似はしない。

 それで空き巣稼業が成り立つのかと誰もが不思議に思うが、今津の特徴は、住人がいようがいまいが関係ないという点だ。

 特に地方の家では、住人がいると玄関を開けっぱなしにしている。洗濯や炊事をしていると住人は玄関から離れているし、近所へ買い物に出かける時、施錠しない人たちも多い。

 今津はその油断に付け入っている。長年の“勘”で警戒心がなく、金目のものがありそうな家を嗅ぎ分け、早い時にはわずか一分足らずで犯行を終える。

 気がついたら何者かに侵入され、金品を盗まれている。そのあまりに鮮やかな手口から、“ゴースト”の異名をとっていた。

 今回、臼杵市の住宅街でゴーストが暗躍した。わずか三日で十数件からの通報が臼杵津久見署に寄せられた。

 刑事課は犯行の手口を見て、当初から今津にあたりを付けて捜査していた。そして、二日前、大分市内のパチンコ店にいた今津を発見し、逮捕した。

 しかし、取り調べは難航していた。

 犯行の手口、侵入された家から採取された足跡から、ほぼ今津の犯行に間違いないが、肝心の今津が自供しない。

 何を聞いてものらりくらりとごまかし、厳しい口調で追及されると黙秘する。取り調べも熟知しているからか、口を割らせるのも一苦労だった。

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