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『刑事学校 Ⅱ』矢月秀作――立ち読み

出典 : #別冊文藝春秋
ジャンル : #小説

別冊文藝春秋 電子版20号

文藝春秋・編

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「別冊文藝春秋 電子版20号」(文藝春秋 編)

プロローグ

「ご乗車ありがとうございました。終点、大分駅前です。お降りの際はお忘れ物のないようご注意ください」

 奥村耕史はマイクで声をかけ、前扉を開いた。乗客がぞろぞろと降りていく。

 バックミラーで乗客がいなくなったことを確認して、ドアを閉じた。

 前後左右をしっかりと確認し、ゆっくりとクリープでバスを動かす。

 奥村は大分中央交通バスの運転手をしていた。三十歳での結婚を機に入社し、以降二十二年間、バスのハンドルを握っている。

 たまに長距離や貸切バスを運転することもあるが、ほとんどは大分駅前から出る路線バスの運転を担当している。

 本当は運転手になるつもりなどなかった。周囲が心配するほど、気ままに暮らしていた。それが自分らしい生き方だと思っていた。

 しかし、結婚した頃にはもう、妻の腹の中に子供がいた。

 親となる以上、子には責任を持たなければならない。奥村はそう思い、大型二種免許を取得し、就職を決めた。

 長女は今年、大学を卒業する。次女も、高校へ進学した。

 次女を大学へ行かせ、卒業させるまであと七年弱。それまで頑張れば、親の責任は果たせる。その後は妻とのんびり旅行でもするつもりだった。

 バスの運転は、車体が大きいだけに気をつかう。しかし、基本的に回る道は変わらないので、慣れると案外、楽な仕事だった。

 空になったバスを少し先にあるバスターミナルに納めれば、三十分ほどの休憩となる。

 奥村はいったん左へ車の鼻先を向けたところで、バスを停めた。

 曲がり角に短い横断歩道がある。人通りはまばらだが、駅へ向かう道沿いにあるので、たまに飛び出してくる人がいたり、猛スピードで横切る自転車が来たりする。

 乗客を降ろして気が緩みがちなだけに、運転手たちは努めて注意を払う場所だった。

 左右を丁寧に確認する。

 バスは大きいが、ガラス面は広く縦に長いので、意外と視界は良好だ。

 反対車線には駅前へ左折しようとしているグレーのワゴン車が停止線手前で停まっていた。

 先に行ってほしいが、動き出す気配がない。

 奥村はゆっくりとバスを進めた。車幅や人影を確認しながら慎重に動かす。車体がまっすぐになったところでアクセルを踏んだ。

 その時、右前輪が何かに乗り上げた。

別冊文藝春秋からうまれた本

電子書籍
別冊文藝春秋 電子版20号
文藝春秋・編

発売日:2018年06月20日

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