2018.06.21 別冊文藝春秋

『京洛の森のアリス Ⅱ』望月麻衣――立ち読み

文: 望月 麻衣

電子版20号

「別冊文藝春秋 電子版20号」(文藝春秋 編)

 ありすが誘われたのは、不思議な町。
 

 京都にとても似ているけれど、違っている。その町は、『自らの信念に忠実であること』で、住み続けられる。

『誰かから必要とされること』で、存在できる。

 お金の概念はなく、皆、自分が心からしたいと思う仕事を全うしている。

 まるで御伽話に出てくる夢のような世界であり――とても恐ろしい世界でもある。
 

 そんな、もうひとつの京の町。

 そこは、【京洛の森】と呼ばれていた。



 ――今も時々、ふと思う。


『お迎えに上がりました』

 と、突然、現われた初老の紳士に連れられて、私はこの町にやって来た。

 京都であって、京都ではないもうひとつの京都。

【京洛の森】

 もしかしたら、私は長い夢を見ているだけなのかもしれない。

 ふとした時に、『朝目覚めることが怖い』と感じるのは、この世界にいたいが故なのだろう。

 ――どうか、夢なら醒めないで。

 今も時折、そんなことを思いながら、私は朝を迎える。
 

序 章

「おい、ありす、起きろ」

 ぺちっ、と冷たい感触が額に当たる。

 水滴が落ちて来たのかと思ったものの、すぐにそうではないことが分かった。

 目を瞑ったままでも、窓から朝陽が差し込んでいるのが分かる。
 

 ――朝だ。


 ありすは寝る時に、カーテンを閉めないのだ。

 月明りが差し込む中、眠りにつき、朝陽を感じて目を覚ます。

 かつて押し入れで寝起きしていたありすにとって、そんな些細なことが何よりもの贅沢で、幸せだと感じていた。

 だが、今朝はまだ眠い。

 ありすは、ううっ、と呻いて、もぞもぞとベッドに潜り込もうとした。

 するともう一度、ぺちっと小さな手の感触が額に当たる。

 そっと目を開けると、作務衣を着た蛙がありすを覗き込んでいた。

「……ハチス?」

 彼は、この京洛の森に来た時から、お供をしてくれているハチスだ。

 蛙の姿だが、本当の姿は違う。

 彼の本当の名は、『蓮』という。

別冊文藝春秋からうまれた本



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