ありすが誘われたのは、不思議な町。
京都にとても似ているけれど、違っている。その町は、『自らの信念に忠実であること』で、住み続けられる。
『誰かから必要とされること』で、存在できる。
お金の概念はなく、皆、自分が心からしたいと思う仕事を全うしている。
まるで御伽話に出てくる夢のような世界であり――とても恐ろしい世界でもある。
そんな、もうひとつの京の町。
そこは、【京洛の森】と呼ばれていた。
*
――今も時々、ふと思う。
『お迎えに上がりました』
と、突然、現われた初老の紳士に連れられて、私はこの町にやって来た。
京都であって、京都ではないもうひとつの京都。
【京洛の森】
もしかしたら、私は長い夢を見ているだけなのかもしれない。
ふとした時に、『朝目覚めることが怖い』と感じるのは、この世界にいたいが故なのだろう。
――どうか、夢なら醒めないで。
今も時折、そんなことを思いながら、私は朝を迎える。
序 章
「おい、ありす、起きろ」
ぺちっ、と冷たい感触が額に当たる。
水滴が落ちて来たのかと思ったものの、すぐにそうではないことが分かった。
目を瞑ったままでも、窓から朝陽が差し込んでいるのが分かる。
――朝だ。
ありすは寝る時に、カーテンを閉めないのだ。
月明りが差し込む中、眠りにつき、朝陽を感じて目を覚ます。
かつて押し入れで寝起きしていたありすにとって、そんな些細なことが何よりもの贅沢で、幸せだと感じていた。
だが、今朝はまだ眠い。
ありすは、ううっ、と呻いて、もぞもぞとベッドに潜り込もうとした。
するともう一度、ぺちっと小さな手の感触が額に当たる。
そっと目を開けると、作務衣を着た蛙がありすを覗き込んでいた。
「……ハチス?」
彼は、この京洛の森に来た時から、お供をしてくれているハチスだ。
蛙の姿だが、本当の姿は違う。
彼の本当の名は、『蓮』という。
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