2018.06.21 別冊文藝春秋

『刑事学校 Ⅱ』矢月秀作――立ち読み

文: 矢月 秀作

電子版20号

 研修所に連絡が来たのは昨日だった。

 担当課長の矢野は、研修所を預かる大分県警刑事部刑事企画課刑事研修所警部補・畑中圭介が臼杵津久見署にいた頃の同僚だった。

 矢野は自供を促すため、研修生たちに取り調べを依頼した。

 畑中も、研修生たちの経験になると思い、申し出を請けた。

 取り調べは午前九時から始めていた。

 研修生は全部で六人いる。年齢は二十代前半から三十代前半まで。所轄署から選ばれた生え抜きの面々だ。

 刑事研修所は、通称〈刑事学校〉と呼ばれている。現職の若手警察官をベテランが指導し、一人前の刑事に育てる部署だ。

 大分県警で始まったこの試みは、今や全国に波及し、ほとんどの都道府県警に刑事学校が設置され、管轄を越えて交流し、後進の育成に努めている。

 今津の取り調べを依頼された畑中は、何もアドバイスをせず、一人一人ぶっつけ本番で聴取に挑ませた。

 総代を務める姫野祐樹から始まり、副総代の植村真、交通課から来た森公大、組対にいた大柄の工藤仁、最年少のエリート三浦賢太郎と取り調べをさせたが、今津は赤子の手をひねるようにさらりとあしらった。

 そして、夕方になり、紅一点の菊池美穂に取り調べをさせたが、やはり、今津は余裕の表情で追及をかわした。

 それなりの自信をもって取り調べに臨んだものの、なんら供述を引き出せないまま肩透かしを食らった現実に、生徒全員が意気消沈していた。

 戻ってきた菊池美穂も言葉少なにうなだれ、工藤の隣の空いた椅子に浅く腰かけた。

「おまえら、だらしないなあ」

 畑中は苦笑した。

「すみません」

 姫野が詫びる。

「まあ、今津は県警でも有名な盗犯だからな。ちょっとハードルが高かったか」

 畑中は話しながら立ち上がった。

「先生、どちらへ?」

 姫野が訊く。

「俺が落としてやるから、参考にしろ」

 そう言い、部屋を出て取調室に足を向ける。ドアの前には矢野がいた。

「おっ、教官自ら、取り調べしてくれるのか?」

「仕方ないだろう。あいつらにはしっかりと教えなきゃならんからな」

「久しぶりに“落としの圭さん”の技を見せてもらえるというわけか」

「その呼び方はやめてくれ」

「広報にも載った呼び名だから変えられん。まあしかし、おまえがやってくれるなら、今津は落ちたも同然だな。よろしく頼むよ」

 矢野は畑中の肩をポンと叩き、刑事課の部屋に戻っていった。

 畑中は苦笑し、取調室に入った。

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