2018.07.05 別冊文藝春秋

『あじゃりあじゃらか』藤沢周――立ち読み

文: 藤沢 周

電子版20号

「別冊文藝春秋 電子版19号」(文藝春秋 編)

前回までのあらすじ

 高井は京都の真言宗の大学を三年で中退し、コンビニ店員、風俗街でのヘルスの呼び込み、タクシー会社など職を転々とする世間から弾かれたような日々を過ごしていた。そんな折、友人の伝手で奥多摩の谷戸にある智雲寺で寺男として住み込みで働くことになり、寺での修法や写経に横浜から泊まりで通ってくる伊能志保子の美しさに惹かれていく。その思いが募り、ついには志保子の泊まる宿坊に隠しカメラを仕掛けてその挙動を覗き見しようと企むのだが、なんとそこに映しだされたのは秘密めいた箱を抱えてやってきた中村海照阿闍梨による護摩焚きでの志保子の衝撃的な姿で……。


「ああッ! これはッ……!」

 生の爪先? 生の脚?

 ディスプレイの左端から現れた部分を見て、すぐ思ったのは、先ほどまで優美な脚に薄く貼りついていた黒のストッキングは、何処へ……、ということです。ほっそりと締まった足首を際立たせていた黒い輪郭が消えて、生の白い足先が映っているというのはどういうことか。

 見間違いか? それとも誰か違う人の脚が現われたのか。と馬鹿なことさえ考えているうちに、細い指をからませ、掌を合わせた白い手が見えました。静脈の影がうっすらと浮かんだ手が恥じらいながら現われ、手首に痛いほどの腱の影を作って、左画面の端にあるのです。あの薄手の白いニットも、何処へいった……?

 八畳の部屋の畳の目さえ、青海波のように細かく鮮明に浮き上がらせているカメラです。畳をわずかに凹ませ、薄い影を作っている志保子さんの足先、それが一心に体の重みを受けている様をとらえないわけがありません。おびただしい波の群れを上から強風が吹きつけたような窪みには、志保子さんの白い足指の並ぶ爪先や薄桃色に恥じらったウブなほどツルリとした踵が密着していました。そして、誰からも秘したようにくびれ、ひっそりと畳との隙間で呼吸している白い土踏まずのカーブがありました。

 と見ているのもつかの間、生の脛から膝が現われ、何もまとっていない胸の先が顔を出し……。

「ええッ……!?」

 組み合わせた掌の中の漆黒や、臍の窪みや、青白いような太ももが、パソコンのディスプレイ左端から現れたのです。

 伊能、志保子の、裸……?

 嘘、だろう?

 裸。全裸。乳房……?

 脚。尻。裸、全裸。乳房……?

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