一瞬目の錯覚かと思いながら、間違いなく私は胸の中で、未熟な単語を繰り返すばかりです。それが何よりも間違いなく、パソコンの画面をよぎっている、まだ下着の痕さえ残っている、生々しく、白く、たおやかな肉体をあられもなく晒した、伊能志保子本人だということです。
「おいおいッ! おいおいおいおいおいー……」
後ろでまとめていた髪がほどかれ、白く華奢な肩に観世水のように黒い髪の流れがかかって……。
けなげな窪みを作りながらも凜とした鎖骨。小さめの梅花のように凝った胸の先。柔らかくたわみ、椀のように張っている乳房の震え。
「……嘘……だろう……?」
シダのように丘を這い上っている陰部の影、熟れた宝石とも言いたくなるような肉づきのいいお尻の曲線。長い、形のいい、形のいい、形のいい……志保子さんの、脚……。
こんなことが許されていいのか。
伊能志保子の独りでいる姿を覗き見たいと思い、念じていた私への、むしろ前もって与えられた罰の兆し……。願って、祈って、念じて、ようやく手に入れられるものが、今、目の前にあるのは、何か懲罰を急ぐ不動明王の采配とも言えるのではないか……。そんなことを思い、怖くなり、握りしめた拳を唇にあてがいました。
「馬鹿野郎、馬鹿野郎ッ」
いえ、より問題は、志保子さんであり、海照阿闍梨です。
「……毎回……こんな……」
私は無意識のうちに、折り曲げた人差指を、力を込めて噛んでいました。悔しさになのか、理不尽さになのか、それとも嫉妬のせいか、恐怖のせいか。いえ、むしろ、これが果たして現実であるのかを確かめたくて、何か痛さが欲しかったのです。気付けのようなものがなければ、保っていられないではありませんか。
「うわうわうわうわうわ……」
志保子さんの白い肌の上を、護摩壇の炎の揺れで、阿闍梨の影がうごめいているのが分かります。私はディスプレイに映し出された女の裸が、見慣れた洞灯院の八畳の障子戸やくすんだ天井、畳、そして、海照阿闍梨の法衣の背中と一緒にあることに、吐き気が込み上げてくるのを感じました。
ですが、吐き気とともに、裸になったばかりの女の、スズランに似た匂いを想像して深呼吸しているのです。なぜか洞灯院の框近くに揃えられた、パンプスの金色のラベルが瞬くのも見える。
「こんなに……アキレス腱まで……」
小型カメラは非情なほど、克明に鮮明に映し出しています。皺の寄った腱に薄赤いパンプスだこまで見せながら、一歩一歩青海波のような畳を柔らかく志保子さんの足裏が圧して……。足の甲を這う静脈は、窓ガラスを伝う雨滴の痕のようにも見えます。
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