駅員の言葉に、日菜子は驚く。あのときの少年がした話は、今ではすっかりソラさんの噂に組み込まれているのだろうか。
「ええ、わたし、そう言ったソラさんに会ったことがあるんです。からくり箱を持ってました」
「えー、ママは妖怪を見たの?」
「うーん、妖怪ではなかったけど」
陸はわけがわからなくなったようだ。腕組みして首を傾げる。
「それはそれは。あなたは幸運ですね」
そうだろうか。ソラさんだと言われても、目立たない感じの男子にしか見えなかったし、ありがたみも感じず、素直に幸運を願えなかった。だから今、こうして陸を誘拐している。
「からくり箱は、開けられたら願いがかなう。でも開けられなかったら、ソラさんになって誰かを幸せにするまで降りられないんだとか。最近じゃそういう話もあるんですよ」
さすがに駅員はいろんな噂を知っているようだが、ちょっと怪談めいている。
「じゃあ、ソラさんは、願いがかなえられなかった人なんですか?」
「そうかもしれません」
ソラさんの噂を思い出し、こうしてあおぞら号に導かれるようにやってきた日菜子は、あのまま列車に乗って同じところをぐるぐる回っているようなものなのかもしれない。みんな降りてしまっても、ソラさんの噂とともに電車の中に留まっている。もうひとりの自分が、あのときの高校生のままに。
だったら、日菜子にからくり箱を見せたソラさんはどうしているのだろう。誰かを幸せにして、電車を降りることができたのだろうか。それとも彼もまだ……。
日菜子は、少年の顔を思い出そうとしたけれど、すっかり記憶は薄れてしまっていた。
「ねえおじさん、からくり箱ってなに?」
「こういうのだよ。きみにふたが開けられるかな?」
-
『赤毛のアン論』松本侑子・著
ただいまこちらの本をプレゼントしております。奮ってご応募ください。
応募期間 2024/11/20~2024/11/28 賞品 『赤毛のアン論』松本侑子・著 5名様 ※プレゼントの応募には、本の話メールマガジンの登録が必要です。