2018.08.16 別冊文藝春秋

『まよなかの青空』谷瑞恵――立ち読み

文: 谷 瑞恵

電子版20号

「別冊文藝春秋 電子版19号」(文藝春秋 編)

前回までのあらすじ

 東京タワーのレストランで働くひかるは、高校の同級生・島尾日菜子と再会し、過去に置いてきた様々な事を思い出す。とりわけ離婚以来会っていなかった父親の姿と、修学旅行で乗った特別列車「あおぞら号」で巡り会った“ソラさん”の記憶に心は揺れる。それをきっかけに、父親が遺した十一桁の番号が脳裏を過り思い切って電話をかけると、聞こえてきたのは懐かしい森沢達郎の声だった。達郎の母の死を契機に縁が切れていたふたりは再会し、ともに「あおぞら号のソラさん」を探すことを決める。後悔だらけの人生をもう一度やり直すために――。


第七章 ソラさんに会える日

 近鉄名古屋駅の地下にある改札口からは、ホームの様子がよく見える。終点でもあり始発駅でもあるため、線路が途切れたコの字形のホームが並んでいるのを、柱に寄りかかってじっと眺めていた陸は、二階建ての列車が入ってくるのに気づき、はじかれたように改札口に駆け寄った。

「あれは? あおぞら号じゃない?」

「特急よ。特急のビスタカー」

 違うとわかっても、二階建ての車両がめずらしいのか、陸は背伸びをして覗き込む。近鉄の特急電車は全席指定で、伊勢や京都、そして大阪へと乗客を運ぶ、私鉄ではめずらしいくらいの長距離列車だ。子供のころからそんな路線に親しんできたため、日菜子にとって特急電車というと、指定席でゆったりと遠方へ出かけるイメージだ。そのうえ二階建ての列車となると、今でもなんとなくわくわくする。

「いいなあ、あれにも乗りたいなあ」

 陸と同じ気持ちになって、そうねと日菜子はつぶやくが、考えてみればあおぞら号は、もう二階建てじゃないのだった。そのことをすっかり忘れていた日菜子は、陸ががっかりするかもしれないと少し心配だ。

「ねえ、もしあおぞら号が見れなかったら、明日はあれに乗ってみる?」

 貸し切りのあおぞら号は、駅に現れたとしても見るだけだ。哲也が戻ってきたら、ビスタカーに乗ろうと提案してみよう。

別冊文藝春秋からうまれた本


別冊文藝春秋 電子版20号文藝春秋・編

発売日:2018年06月20日