駅員は、ポケットから寄せ木細工の小箱を取りだした。細長い、筆箱を小さくしたような形で、日菜子が昔、ソラさんに見せられた箱によく似ていた。からくり箱といってもいろんな形がある。哲也が持っていたのは、サイコロ形だった。
「あ、これやったことあるよ。ケンちゃんの家にあったんだ」
「陸、開けられたの?」
「うん、簡単だったよ」
陸が得意げにそう言うと、駅員は微笑んだ。
「なら貸してあげるよ。飽きたらそこの改札へ返してくれればいい。もし開けられたら、どこかで誰かの願い事がかなうのかもしれないな。それ、あおぞら号で拾ったものなんだ」
「えっ」
日菜子が声をあげると、駅員は人差し指を立てた。
「拾得物ですが……、ないしょですよ。あ、そうだ。あおぞら号つながりで、こういうツアーがありますので、気が向いたらどうぞ」
そう言って、チラシを差し出す。日菜子がそれに見入っているあいだにどこかへ行ってしまった。
からくり箱をあおぞら号で拾ったというのは、ちょっとした洒落なのだろう。結局彼はツアーを売り込みたかっただけなのかもしれない。それでも日菜子は、誰のどんな願いがかなうのだろうかと考えてしまうのだ。
もしもこの箱が、あのとき日菜子に差し出されたものだったとしたら……。
「やっぱり簡単だよ、ママ。ほら、開いた」
驚く日菜子に、陸が見せた箱はたしかに開いていた。中身はない。
わたしは消えるのだろうか。そんな思いが一瞬だけ頭に浮かび、バカげてるとすぐにうち消す。日菜子はもういちどチラシに視線を戻す。
中身は、“貸し切り列車で行く奈良大和路”という日帰りツアーだった。もしかしたら、この貸し切り列車はあおぞら号のことではないのだろうか。貸し切りといえば、日菜子にはそうとしか思えなかった。急いで日にちを確かめると、明日が最終日だ。
「ねえ陸、あおぞら号に乗れるかもしれないよ」
「ホント?」
陸と過ごす最後の日になるかもしれない。そうして日菜子は、ある意味自分が願ったとおりに、陸の前から消えるのだ。
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