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『まよなかの青空』谷瑞恵――立ち読み

『まよなかの青空』谷瑞恵――立ち読み

谷 瑞恵

電子版20号

出典 : #別冊文藝春秋
ジャンル : #小説

 駅員は、ポケットから寄せ木細工の小箱を取りだした。細長い、筆箱を小さくしたような形で、日菜子が昔、ソラさんに見せられた箱によく似ていた。からくり箱といってもいろんな形がある。哲也が持っていたのは、サイコロ形だった。

「あ、これやったことあるよ。ケンちゃんの家にあったんだ」

「陸、開けられたの?」

「うん、簡単だったよ」

 陸が得意げにそう言うと、駅員は微笑んだ。

「なら貸してあげるよ。飽きたらそこの改札へ返してくれればいい。もし開けられたら、どこかで誰かの願い事がかなうのかもしれないな。それ、あおぞら号で拾ったものなんだ」

「えっ」

 日菜子が声をあげると、駅員は人差し指を立てた。

「拾得物ですが……、ないしょですよ。あ、そうだ。あおぞら号つながりで、こういうツアーがありますので、気が向いたらどうぞ」

 そう言って、チラシを差し出す。日菜子がそれに見入っているあいだにどこかへ行ってしまった。

 からくり箱をあおぞら号で拾ったというのは、ちょっとした洒落なのだろう。結局彼はツアーを売り込みたかっただけなのかもしれない。それでも日菜子は、誰のどんな願いがかなうのだろうかと考えてしまうのだ。

 もしもこの箱が、あのとき日菜子に差し出されたものだったとしたら……。

「やっぱり簡単だよ、ママ。ほら、開いた」

 驚く日菜子に、陸が見せた箱はたしかに開いていた。中身はない。

 わたしは消えるのだろうか。そんな思いが一瞬だけ頭に浮かび、バカげてるとすぐにうち消す。日菜子はもういちどチラシに視線を戻す。

 中身は、“貸し切り列車で行く奈良大和路”という日帰りツアーだった。もしかしたら、この貸し切り列車はあおぞら号のことではないのだろうか。貸し切りといえば、日菜子にはそうとしか思えなかった。急いで日にちを確かめると、明日が最終日だ。

「ねえ陸、あおぞら号に乗れるかもしれないよ」

「ホント?」

 陸と過ごす最後の日になるかもしれない。そうして日菜子は、ある意味自分が願ったとおりに、陸の前から消えるのだ。

別冊文藝春秋からうまれた本

電子書籍
別冊文藝春秋 電子版20号
文藝春秋・編

発売日:2018年06月20日

プレゼント
  • 『星落ちて、なお』澤田瞳子・著

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