
2018年7月18日17時より築地・新喜楽にて開催された直木賞選考委員会にて、第159回直木賞に選ばれました『ファーストラヴ』(島本理生 著)の冒頭を公開します。
スタジオまでの廊下は長くて白すぎる。
踵を鳴らしているうちに、日常が床に塵のように振り落とされて、作られた顔になっていく。
Cスタジオに入り、渡されたマイクをジャケットの下から通した。本番五分前なのにスタッフたちがのんびりしていることが番組の低予算と低視聴率を物語っている。もっともタレントでもない身としては、これくらいのほうが気楽だ。
司会の森屋敷さんが口を開こうとしたとき、白髪交じりの前髪が一本だけ垂れた。
櫛を手にしたヘアメイクの子が素早く近付いてきて、撫でつける、というよりは押し付けると、森屋敷さんは紳士的な笑みを浮かべて、どうもありがとね、と片手をあげた。ヘアメイクの子は会釈して引っ込んだ。
「本番一分前でーす」
という呼びかけに、私はプラスチックの眼鏡を押し上げて姿勢を正した。
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