第二十五回松本清張賞を受賞した、『天地に燦たり』は、豊臣秀吉の朝鮮出兵を題材にした壮大な歴史長編。薩摩の侍大将・久高、朝鮮国の被差別民であった明鍾、琉球国の密偵・真市の三人の視点から、それぞれの戦いと生き方が克明に綴られ、選考委員から激賞された。
「数年前、沖縄旅行で守礼門を見た時に、扁額に掲げられた『守礼之邦』の文字は、おそらく儒教に由来するものだと思ったんですね。そこから昔の李氏朝鮮が儒教を重んじていたこと、琉球が島津家の侵攻を受け、さらにその前の文禄・慶長の役でも島津は朝鮮に渡っていたことなどが頭の中に浮かんできて、三つの勢力が入り乱れる物語のイメージが結びつきました」
著者の川越さんは子供の頃から歴史好きで、歴史学者に憧れていたという。やがて大学でも史学科に入学するが、「そこで急に自堕落になってしまって」と苦笑する。
「二十一世紀の現代社会というのは、突然に出来上がったものではなく、過去の積み重ねの結果があってのこと。どういう経過でこうなったのか元を辿ってみたいと思い描いていたところ、大学に入ったばかりで専攻やテーマを決めましょう、という話になって……そこから授業に出なくなってしまいました」
結局、大学は中退。バンド活動に励んだ後、約十年間サラリーマンとして勤め、生活や時間に余裕が出てきた頃、新たに始めたのが長編小説の執筆だった。そこで自分が一番読んでみたいと選んだアイディアが、同じ儒教の思想を持ちながら、異なる人生の道を模索する三者三様の姿だ。
「勉強していて気がついたのは、儒教というのは人が生きていくための学問、そのために作られた倫理哲学だということです。魂の救済や現世の苦しみからの解放ではなく、人は避けて通れない他者と触れ合う時にどうあるべきなのか――さらに世界が平和であるために自分がどう生きるべきかをずっと説いている。僕はたぶん『生きる』ということをテーマに書きたくて、それと僕の解釈した儒教がぴったりはまった感じですね」
琉球国が島津に降伏後、久高、明鍾、真市が、再び邂逅するラストシーンにもその想いは込められた。
「人と人が分かり合うっていうのは、いかにもくさい。でも分かり合えない者同士が一緒に生きていくための思想が当時の儒教だったと思うし、それは現代にも通じる。今後もこうした人が抱えている問題や意識を掬い上げて書き続けていきたいです」
かわごえそういち 一九七八年大阪府生まれ。龍谷大学文学部史学科中退。二〇〇九年バンド活動を諦め正社員に。一八年『天地に燦たり』で松本清張賞受賞。京都府在住。
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