過去に横山秀夫、山本兼一、葉室麟、青山文平、阿部智里ら、多くの人気作家を輩出してきた松本清張賞。記念すべき第25階選考委員会が、角田光代、京極夏彦、中島京子、東山彰良、三浦しをんの各氏選考委員全員が出席のもと、4月24日午後5時からパレスホテルで開かれました。
最終候補作品は麻宮好『かぎろひ』、阿野冠『ジュリー』、川越宗一『天地に燦たり』、黒澤主計『我が名はベシャメール』の4篇。いずれの高いレベルの作品と評価され、充実した討議の結果、見事、受賞作となった川越宗一『天地に燦たり』の選評をご紹介します。
(オール讀物2018年6月号 掲載順 敬称略)
京極夏彦
重厚な歴史小説の装いではあるのだが、描かれるのは文化であり、人である。文禄・慶長の役という扱い難い題材を選んでいるが、薩摩・琉球・朝鮮に於ける“礼”という概念受容の差異こそが物語の核となっている。異る視点を接続していくという技法はともすれば混乱を招き兼ねないし、頻繁に挿入される引用文は小説を停滞させ兼ねないスタイルでもあるのだが、文化的背景をしっかりと持たせた魅力的な人物造形と、文章の根底に流れている心地良い軽妙さとがそれを退けている。戦を描く作品の主軸に、義でも忠でもなく、礼を選んだセンスには敬服する。今後の活躍に期待したい。
中島京子
豊臣秀吉の朝鮮出兵(文禄・慶長の役)を題材にした長編である。そもそもこの十六世紀末の侵略戦争、スカッとするヒーローなど設定しようもなく、陰惨なエピソードも多く残る戦を小説として扱うハードルの高さを思うと、まずはその挑戦に拍手を贈りたくなる。しかも主題は、戦そのものではなくて、東アジア全域に深く根づく儒教思想だ。儒教がテーマの小説なんて、ますますハードルは上がる。そして、あろうことか、この二つのすごく高いハードルを、作者はデビュー作となる小説で、乗り越えてしまった。つまり、読者にそれを乗り越えさせるだけの面白い物語を用意したということだ。貧民から身を起こす朝鮮人の少年・明鍾のストーリーには誰もが惹きつけられるだろう。琉球人の真市のキャラクター造形も魅力的だ。三人の視点人物でもっとも人間的魅力に欠けるのは日本人の大野久高だろうが、このしかつめらしい島津の武将の「人は禽獣とどこが違うのか」というシニカルかつ根源的な悩みは、いつのまにか読み手自身のものとなり、最後の最後に彼に訪れる、頭をぼこんと殴られるような、「戦に勝って勝負に負けた」的な気づきが、心地よく読者の胸にもやってくる。幸福な読書だった。
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