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松本清張賞受賞記念エッセイ「T字路と私」

文: 川越 宗一

『天地に燦たり』(川越宗一 著)

  私は、大阪市北部にある住宅地で育ちました。

 家はマンションでした。狭めの生活道路に面していて、大きい道にT字路となって接続するのですが、幼少期の私はその向こうに広がる世界をとても恐ろしく感じていました。

 世界は円形であり、その涯の海水の大瀑布の底では腹を空かせた悪魔たちが落ちてくる哀れな船を待ちかまえている。

 コロンブスがインドを目指すより昔の西洋の船乗りが抱いていたような観念を、幼い私はT字路状の世界の涯に抱いていました。私はそこでいつも立ち竦み、引き返していました。

 ときおり親に連れ出され、あるいは一念発起して一人で飛び出すT字路の向こうは、やはり恐ろしいものでした。

 悪魔こそ出ませんでしたが、スーパーなる施設で購入した物品を満載するジテンシャや鉄の塊のジドウシャが猛スピードで擦れ違い、ネクタイなる紐を窒息しそうなほど首にぎゅうぎゅうに巻きつけた人や、ワンチャンなる猛獣を連れた人がせわしく行き交います。

「こんな騒々しく危なっかしい世界で、私は生きていけるのだろうか」

 怯えた私はT字路を越えずに過ごしたいと念願するのですが、やはりそうは行きません。幼稚園は送り迎えがあったからよかったものの、小学校への通学は単独行を強いられます。私は毎朝、T字路で立ち竦み、逡巡し、足を踏み出しては引っ込めし、くらくらしながら通っていました。

 そして三年次のクラス替えで、私はFくんに出会います。

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