書評

父と娘の関係を作品の軸に据えた新名探偵シリーズ誕生!

文: 佐藤夕子

『中野のお父さん』(北村 薫 著)

『中野のお父さん』(北村 薫 著)

 続く「幻の追伸」では、かの出版社主にして大文豪とその寵愛を受けたといわれる女性、を思わせるような、古い書簡をめぐる謎がユーモラスで小気味よい。文芸編集者である主人公・田川美希(その父にとっては常に「ミコ」だが、なぜミコなのかという謎は解かれぬままなのも粋)の姿がより際立ってくる一作でもある。前後して石井桃子の傑作評伝『ひみつの王国』を読んでおり、太宰治の憧れ(!)でもあった高名な児童文学者・名翻訳者が、意外にもそのキャリアを岩波書店ではなく菊池寛のもと文藝春秋で始め、かの佐藤碧子嬢とも机を並べていたのを知ったところだった。その長い長い現役生活を、子どもであったかつての自分とともに生き、いつでも心の中のその子どもに対して物語を語ってきたという石井桃子は、キャリア女性の先駆けにして到達点ともいうべき存在だが、その姿に、文藝春秋がモデルと思しい大手出版社に籍をおきつつ雑誌でも書籍でも文芸を生む場にありたいと切望する美希が重なり、そっと手を叩く。美希もまた、心に子どもを抱きつつ厳しい大人の世界を泳ぎわたる資質十分の、北村印(ただしいくぶんか体育会系な)ヒロインだと実感するのだ。ほら、また、響いている。ほかの誰の作品が、読むたびにここまでさまざまな思いをつぎつぎと呼び起こし得るものか。北村薫さんは、これだから凄い。怖い。嬉しい。



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中野のお父さん北村 薫

定価:本体650円+税発売日:2018年09月04日