「どの作品もたまたまネタに出会い、物語になったとしか言いようがないんですが、一般的に信じられているありがちなエピソードも、実はその裏に何かあるんじゃないかとまず疑う。そこから真実まで見事りつけた時には、すごく快感がありますね。さらに解き明かされたに、登場人物たちが驚く様子を書くことも楽しいんです」
出版社に勤める文芸編集者・田川美希(たがわみき)と、国語教師の父とのコンビが、日常のから文豪をめぐるまで、数多(あまた)の難題を解き明かす人気シリーズは本作が二冊目。父娘の名推理はますます冴え、周囲の作家や編集者も巻き込んだ正解までの道筋も、バラエティに富んで読者を惹きつける。
「今回は若き日の松本清張に対する評論家の怒りのわけや、泉鏡花が徳田秋声を殴ったとされるエピソードの真相など、文学の巨人たちが葛藤する場面が随所に出てきます。それはまるで剣豪同士の戦いというか、古代恐竜のティラノザウルス対トリケラトプスの戦いみたいなものでね(笑)。非常に興味深いところです」
ちなみに清張の短篇に対する、評論家の荒正人の批判に端を発した事件を扱った「水源地はどこか」は、「オール讀物」(二〇一八年二月号)での有栖川有栖さんとの対談がきっかけとなり、執筆へと至った。
「有栖川さんとお話しするにあたり、色々と資料を見返していた時に見つけたものが、芋づる式に大きな謎につながっていきました。十二月に発表された短篇に対して、荒はなぜ時間の経過した春になってから文句をつけたのか――そこには三分間のアリバイならぬ、三ヶ月間のアリバイとでもいうべき大事件、当時の推理小説界にとって重要な出来事があったわけです」
著者の北村薫さんは今年でデビュー三十周年を迎えた。小説はもちろん、随筆や評論、アンソロジーなどさまざまな形で〈本〉の世界の魅力を発信し、その世界はさらに無限に広がるばかり。常に胸にあるのは「作家というものは、その人にしか書けないものを書かなければ意味がない」という矜持(きょうじ)だ。
「年齢的に活力がなくなっただけかもしれませんが(笑)、造られた驚天動地、波瀾万丈の物語には、あまり魅力を感じなくなりました。それよりも普通の生活の中にある〈光あるもの〉を書きたいですね。人間の内側から自ずとこみ上がってくる喜び、あるいは悲しみを鮮やかに描けたらと思っています」
すでに本シリーズの次なるも構想中。「主人公の美希のハッピーエンドを目指したいですね」という言葉には、中野のお父さんの姿がだぶって見えた。
きたむらかおる 一九四九年埼玉県生まれ。八九年『空飛ぶ馬』でデビュー。九一年『夜の蝉』で日本推理作家協会賞。二〇〇九年『鷺と雪』で直木賞。〈本の達人〉としても活躍。
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