書評

生きるという路上において、たった一人でぽつんと立っている迷い子たちの記

文: 中島らも (作家)

『天人唐草 自選作品集』(山岸凉子 著)

『天人唐草 自選作品集』(山岸凉子 著)

「天人唐草」の主人公響子も迷い子の一人だ。この子は生きるのがヘタだ、と自信喪失を重ねながら育っていく。しかし実はそれは彼女の錯覚に過ぎないのだ。響子の父親は父権制社会の亡霊を背負って立ったような男で、戦前のモラルや価値観が紋付ハカマを着た、といった存在だ。そんな古風な父親に、響子は何とかほめられ、可愛がってもらおうとする。そのことごとくが裏目に出る。“イヌフグリって何?”と無邪気に尋ねる響子に返ってくるのは、「女の子がそんな言葉を口にするもんじゃない」という父親の怒声だ。

 この構図の下では子どもは生きにくい。育ちづらい。はたして彼女は父親のいう「失敗」を重ね、自信喪失し、内閉していく。そのせいでまた「失敗」を繰り返してしまう。彼女は学校でも社会でも、ネジのこわれた人形のように、カタカタ妙な動きでしか生きていけない。そんな響子が発狂に至るまでの、精神的外傷で綴られた自叙伝がこの「天人唐草」だ。

「ハーピー」。これはとてもよくできた、それこそ「心理ミステリー」だ。あれこれ野暮を言うのはやめよう。ただ、この作品の主人公が少しずつ内側から壊れていく、その背景にあるのは受験システム=世界からこぼれてしまうのではないかという不安だ。彼もまた迷い子なのである。



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定価:本体780円+税発売日:2018年09月04日