別冊文藝春秋

『オーダー』安東能明――立ち読み

文: 安東 能明

電子版23号

「別冊文藝春秋 電子版23号」(文藝春秋 編)

1

 車は職安通りを北に入り、低層の集合住宅の並ぶ狭い路地を進む。広めの道に行き当たり右に取った。ふたたび現れた西大久保公園の突き当たりを今度は南に進む。公園の鉄柵を通り越した左手に二階建ての青っぽい建物があった。二百メートルほど先に職安通りが見える。一方通行なので、ぐるっと回ってきた形だ。

「あそこですね」

 ハンドルから手を離し、村上沙月はその建物を指さした。西洋の城をイメージしたような丸窓とのこぎり波形の装飾が施された屋根まわり。向かいは、けばけばしい韓国料理店だ。

「そうだな」

 助手席の筒見康太が身を浮かせた。

 プリマキッズ大久保保育園と書かれた木製の看板を確認した。南側にある狭い空き地に車を押し込み、車を降りた筒見に続く。八月八日木曜日。むっとする暑さがまつわりつく。滑り台のある小さな園庭が見えた。

 自動ドアを通って、一階に入った。下駄箱の前の、簀の子にいる四十代半ばぐらいの小柄な女性がちょこんと頭を下げた。ピンクのエプロン姿だ。筒見が自己紹介すると、「園長の柳田と申します」と暗い表情で答えた。

「まだ職員の方々は残っていらっしゃいますか?」

 筒見が続けて訊く。

「はい。ひとり、用事があると言って先に帰りましたけど、ほかは全員残っています」

「園児は?」

「延長保育でまだ四人残っていますけど、九時前には帰りますので」

「お子さんたちは、病院に行かれたと伺いましたがどうでしたか?」

「とりあえず、特に異常はないらしくて」

「よかったですね」

「はい」

 納得のいかない顔で柳田が返事をする。

 保育園から、園児が異物の混入した麦茶を飲んだ、との一一〇番通報が入ったのは三十分前の午後六時すぎ。午後三時半ごろ、つき組のふたりの園児が、コップに注いだ麦茶を口にして、その場で吐きだしたので大事には至らなかったらしい。新宿署は宿直体制に入っていて、当番の沙月は筒見とともに駆けつけたのだ。

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