別冊文藝春秋

『オーダー』安東能明――立ち読み

文: 安東 能明

電子版23号

「別冊文藝春秋 電子版23号」(文藝春秋 編)

 靴を脱ぎ、スリッパに履き替えて中に入った。古い建物を改装したような造りだった。廊下の右手に、ふたつの保育室が並び、その向かいにも保育室と事務室、その奥に給食室がある。事務室で待機している職員たちが、こちらを振り返った。男性の保育士もいる。

 柳田に案内され、つき組の保育室に足を踏み入れた。

 人気がない、がらんとした広い部屋だ。木製の床に整理棚や収納棚が備え付けられ、壁に動物たちの絵が貼られている。入り口脇のワゴンの上に、黒いポータブルクーラーがあった。問題の容器のようだ。注ぎ口がひとつのタイプで、5Lと容量が示されている。横にプラスチックのコップが収められた食器カゴが置かれていて、その前にふたつのコップが出されていた。

「これがふたりが使ったコップです」

 柳田がそのコップを指した。中身は入っていない。すでに乾いている。

「子どもさんが自分で注ぐんですか?」

「いえ、保育士が注いでテーブルに配ります」

 クーラーの中には、まだ麦茶が残っていると教えられた。

 筒見がビニール手袋をはめ、食器カゴの中から使われていないコップを取り出した。クーラーの注ぎ口のコックを引いて、一センチほど注ぎ、鼻に持っていった。異臭はないようで、沙月もコップを受け取り、同じように嗅いだ。においはなかった。

 被害に遭ったふたりの子どもの名前をメモしてから、筒見が麦茶はどこで作ったのかと訊いた。

「給食室です」

 柳田が体をひねって、そちらの方を向きながら答える。

「何時ごろですか?」

「麦茶を出すのは三時のおやつの時間ですが、午前中に給食室で煮出してから、シンクや冷蔵庫で冷ましておきます」

「職員の方々は麦茶を飲みませんか?」

「保育士の麦茶は、お水だけ給食室からもらって、事務室で水出ししています」

「調理員は何人ですか?」

「補助員も入りますが、ふだんはひとりです」

「きょうは補助員は入りましたか?」

「いえ、ひとりだけでした」

「異物を飲んだ子どもさんは何歳児クラスになりますか?」

「二歳児クラスです」

別冊文藝春秋からうまれた本

別冊文藝春秋 電子版23号文藝春秋・編

発売日:2018年12月20日


 こちらもおすすめ
別冊文藝春秋『穂先の死』安東能明――立ち読み(2017.12.21)
別冊文藝春秋歌舞伎町は怖くて楽しい? 棲息する刑事たちの物語(2016.02.19)