書評

利休と秀吉と二代にわたる天下人に仕えた茶人の白熱した生の軌跡

文: 橋本麻里 (ライター・エディター、永青文庫副館長)

『天下人の茶』(伊東 潤 著)

『天下人の茶』(伊東 潤 著)

 実のところ、利休の言葉や行動として書き残された史料に、信頼に足るものは多くない。長い間茶の湯の聖典とされてきた『南方録』も、「南坊宗啓という利休の弟子が、利休三回忌の際に霊前に献上した伝書で、その後南坊宗啓は行方をくらまし、埋もれた『南方録』を元禄三年(一六九〇)、福岡藩の家老立花実山が再発見した」という念入りな筋書きのついた偽書。とはいえ、当時残っていた利休関連の史料類を寄せ集めたものであることは確かで、言ってみれば釈迦の説法として残る記録を、後に弟子たちが結集した仏典や、イエスの言行録を弟子たちがまとめた『新約聖書』などによく似ている。あるいは、朝顔の茶会をはじめ、岡倉天心『茶の本』にも多数が引用された、印象的な逸話の多くを収録する『茶話指月集』は、利休の孫、宗旦の弟子で「宗旦四天王」に数えられた藤村庸軒が宗旦から聞いたことを、さらに庸軒の弟子(宗旦晩年の弟子とも)である久須見疎安という茶人がまとめたとされる逸話集で、利休の「神格化」に大きく貢献してきた。

天下人の茶伊東 潤

定価:本体670円+税発売日:2018年12月04日


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