書評

利休と秀吉と二代にわたる天下人に仕えた茶人の白熱した生の軌跡

文: 橋本麻里 (ライター・エディター、永青文庫副館長)

『天下人の茶』(伊東 潤 著)

『天下人の茶』(伊東 潤 著)

 屋内に仮設された茶室であるから、御所の白洲で反射した光は、蔀戸と御簾を経て室内に届き、襖紙の代わりに張られた緋色の紗を通して茶室の内部を照らす。それが茶室内部でどのように体感されるかというと、畳に敷かれたラシャ、紋紗の緋色が、金箔張りの壁や天井に映り込み、障子を閉めると、金と赤の光の中に物象が溶け、吸いこまれるような浮遊感だけになる。金箔は抽象化して光に変換され、壁はいわば「透明」になって消えてしまう。また物質としての黄金や、金/赤という色のコードも、現代の我々が感じるものとは違う。御所では金碧障壁画や緋色の調度・装束は珍しいものではなく、それらを効果的に使うなら、黄金の茶室くらいの徹底度が必要となる。また金と赤、その影から生まれる黒の中では、唯一鮮やかなグリーンの抹茶がさぞ引き立っただろう。一方で天皇を迎える秀吉がまとう装束が金でも赤でも、背景となる茶室に溶けこみ、へりくだる態度を示すことになる。そして釜から風炉、水指、柄杓立に至るまで揃った黄金の皆具も、この茶室に置けば光に溶け、存在感を薄れさせていく。それは利休のわびの美意識の極致とされる待庵が、薄闇の中で楽茶碗の存在感を失わせ、ただひとすくいの抹茶を挟んで主客が向かい合う境地へ誘う装置となっていることと、あたかも鏡で映したように似ているのだ。つまり秀吉と利休、黄金の茶室と待庵は対立するものではなく、同じテーマの変奏なのである。

 芸術において利休と同じ高みを知っていた秀吉と、政治において秀吉と同等の奸智を発揮し得た利休とが、真向かった時に何が起こったのか。利休の時代に使われることのあった「滾りたる茶」という言葉のとおり、「たかが茶」の中に命を滾らせた人間たちの、白熱した生の軌跡に触れてほしい。

天下人の茶伊東 潤

定価:本体670円+税発売日:2018年12月04日


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